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「お前なにやってんだ!」
突然耳に飛び込んだ怒声。驚きのあまり帆足は反射的に身を起こし、そして思わず煙草を口からこぼした。
そこには…、走り去ったはずの大沼が、仁王のように立っている!
「貴様こそ…、なんでここに」
「こんなことじゃないかと思ったんだよ。立て、ほら早く!」
「お、おお…」
問答している暇もない。近くに置いてあった、お世辞にもきれいとは言えない防火用水を頭からぶちまけられた挙句に腕を掴まれ、弾かれるように帆足は立ち上がった。
狂犬帆足がこれだけ人に言われるまま動いたのは、これが始めてのことだったかもしれない。
基本的にはおとなしいはずの男が髪をボサボサに逆立て、息を切らして肩を上下させ、そして目を見開いて歯を剥くその姿には、それだけの迫力があった。
デブ猫なんて、とんでもない! さすがの狂犬もライオンに睨まれては、従うよりほかにない。
「いいか、もう建物自体がヤバいんだ、火はともかくとして…、天井が落ちたら助からないかもしれない。走るぞ。俺から離れるな!」
一方的にそれだけ言うと、返事も待たず、帆足の腕を掴んだまま大沼は走り出した。引っ張られるまま濡れネズミの帆足も走る。やがて燃え盛る炎が遠くに見え、それがどんどん近くなる…、
「おいっ、まさかあれを、突っ切る気なのかッ」
「それしか道がない。火が怖いのか、まさか違うよなッ、ここで焼け死のうとしてたんだろ!?」
「いや…、」
帆足は確かにここで死ぬつもりだったが、別に焼死を望んだわけではない。その前に頭を撃ち抜くつもりだった…、しかしこのときの大沼に、そんな屁理屈が通じる訳がない。言ったら最後、噛み付かれそうだ。
しかし、いよいよもって炎が目前に迫ると…、やはり帆足は動物的に足を竦ませた。
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