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つまり、このときアレックスにも、梵に自分の存在が感づかれないという確たる信念はなかった。その可能性が高いだろう、という推測が成り立っていただけ、後は胆力でカバーしていることになる。
それも、直前に、一撃を喰らって気を失い、腹から大量の血を流す木村の姿を目の当たりにして、だ。全身これ胆である。
その胆力が天運を呼び込んだのだろう。梵はこのとき、直線距離にして10メートルほどの位置にいるアレックスに全く気づいていなかった。
神に感謝しつつ、アレックスは引き続き、梵をそのまま凝視した。しかし梵はやはり何もしない。時折、スラィリーに話しかけているようにも見える、それに応えるかのようなスラィリーの鳴き声も聞こえる。
当初、アレックスは、梵の破壊活動をある程度見届けたところで、その混乱に乗じてその場を撤収するつもりだったが、これでは下手に身動きができない。
…仕方がない、こうなったら、彼らがここを去るまで見届けよう。アレックスはそう心を決めて、また梵に注意を向けた…、
彼はここまで梵に細心の注意を払っていた。研ぎ澄まされた集中力で、微動だにせず、身を隠したまま長時間。それは見事と言うほかない、しかし不覚にも彼は、その横にうずくまるスラィリーには無警戒だった。
やがて一陣の風がアレックスの頬をくすぐり、木々の梢を揺らし、下草をそよがせていった。そして…、極度の緊張感から全身に噴き出していた彼の汗のにおいを、ヨモギの鼻先へと運んだのだ!
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