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怪我を負って半狂乱で逃げるハンターと、やはり興奮状態でそれを追い回す同族を見た瞬間に、ヨモギは素早く次に起こすべき行動を予測し、全速力で駆け寄ろうと身構えた。
しかし首に跨ったマスターが、その指示を出さなかったのだ。
このままでは彼らが山を降りてしまう。ヨモギは焦りを感じた。今秋、ハンターに襲われたスラィリーを救えなかったことがすでに三度ほどもあり、そのことが長老を大いに苛立たせている。
そのことは梵も充分に把握しているはず…、彼の置かれた立場を考えるなら、悠長に迷っている場合ではないはずだった。
しかし、それを理解したうえで、なおかつ人間として、人間とスラィリーの間にある底知れぬ深い溝の中で彼は迷っているのだということも、ヨモギには全てわかっていた。
はやる気持ちを抑え、ヨモギは一切の催促をせず、そのまま静かに梵の決断を待った。その結果…、
彼らはまた、取り返しのつかない失策を犯したのだ。
だが、さすがにこれ以上の失敗はできない。ヨモギがこうも焦るのには理由がある。長老の怒りが遂に爆発したら、梵はスラィリー社会での地位を一切剥奪され、出て行くことになるだろう。
そして人間の世界へ戻れば、彼は犯罪史上稀に見る連続殺人犯である。いくら腕が立つといっても、その後の末路は想像がつく。
そうなれば、この人を肩に乗せて歩くことも、この声を傍で聞くことも、もはや二度とは叶うまい。
それだけはなんとしても避けたい、とヨモギは思った。
いま隣に座ってぶつくさ独り言を言いながら虚空をみつめるその人も…、きっと同じ気持ちだろう、か。
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