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「昔から、このあたりの人里には、まれにスラィリーが出没することがありました。古来より、厳しい修業を積んだ、現在のお師匠さんのような並外れた力をもつ気の使い手が、その退治を受け持ったようですが、
 明治期には文明開化の波が押し寄せ、そういった旧来の伝統は、急速に失われはじめていたのです。
 ちょうどそのころ…、」

やがて突き当たりを左の襖を開け、倉はその部屋に電気をつけた。

「若い修業僧がひとり、西のほうからやってきて、その修業の旅の途中、ここを訪れました。その名を、緒方孝市と申しました」

蛍光灯が古いのか、部屋はさほど明るくならなかったが…、突き当たりに位置する床の間に、簡素な祭壇が設えられており、古びた掛軸がかけられているのがまず森野の目に留まった。
そこには…、錫杖を手にした精悍な修行僧の荒々しい姿が、実に生き生きと描かれている。

「そちらの掛軸が、その」
「そうですね」
「寄って見ても、よろしいですか」
「ええ、どうぞ」

倉の許しを得て、近づいて見ると…、驚くほどに、見事な絵だ。眼には精光を宿し、充実した肉体に全身余すところなく気を漲らせ、今にも、掛軸の中からこちらへ向かって駆け出して来そうに見える。


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