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「うあっ」

丸太のような腕で横づらを思い切り張り飛ばされ、体重の軽いマサユキは、為すすべもなくその場に崩れる。

「勝浩!何をするんだ!!」
「聞き分けのないガキみたいのにちょっと一発ビンタ張ったくらいで、ギャーギャー騒ぐなよ。昔っから何でも過保護なんだよ兄貴は、だから英心も我侭になっちまって。
 そのバカには随分優しいくせに、顔も知らない他人の命が奪われるのは気にならないのかって聞いてんだよ、それとも何か、加害者が自分の弟だからか!?」
「な、永川…、」
「まあ、見てな」

畳に座り込んだまま少しの間、マサユキは微動だにしなかったが…、やがてユラリと頭をもたげると、頭上から自分を覗き込む顔を順番に確かめた。
そして。

「…、あ、勝浩か…、久しぶり、だな…」

これに森野は驚いた。一言一言を探すように、ゆっくりとした喋りだが…、その口調は今までとは明らかに違っている。
しかも、久しぶりだなんて。今までここで繰り広げられていた何もかもを、忘れてしまったような口ぶりだ。

「あら、お客様もいるんじゃないか…、それなのに、俺、寝ちまってたんだな。寝すぎて頭がぼーっとする。アニぃも、もっと早く、起こしてくれたら良かったのにさ。…ああ、喉が渇いた」

それだけ言うとマサユキは、畳の上を這うようにして机の前まで移動し、そこに乗っていた飲みかけの瓶コーラのうち、一本を取って飲み干した。

「俺さあ、変な夢見たんだよね。言ったら勝浩は怒るかなあ、でも夢だからさ。アニぃが勝浩に殺される夢見ちまったんだよ。怖かった」

マサユキは眠っていなかったのだから、勿論、それは夢などではない。では何かと言えば、きっと、先程までのマサユキの頭の中にあった心理風景だろう。
彼の目から見た世界は、実にそこまで差し迫っていたのだ。先刻のマサユキの必死の姿を思い出し、森野は胸の絞めつけられる思いがした。


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