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「平常心」

森野はそこに毛筆で大書された文句を音読した。これは自分より前にここで同様の修業をした誰かが、書いて貼ったものに違いない。
だが、これは少なくとも永川の字ではない、と森野は思った。なぜなら、さっきスラィリーマスターをどう攻めるかの構想を述べるさいにメモに書き付けられた永川の字は、もっと達筆であったからだ。それに対してこの張り紙の文字は、お世辞にも上手いとは言えない。
紙は和紙で、黄ばんでいるが…、画鋲の錆び具合からいって、さほど古いようには見えない。精々ここ3年程度のものだろう。
つまり、数年前に姿を消したという永川因縁のライバル、そして自分がこれから闘うべき相手でもあるその男が書いたものでもないはずだ。
だとすれば…。

「山崎、か」

思い返してみれば確かに、あの男、心を平常に保つことはあまり得意ではなさそうだ。したがって、この修業が困難を極めただろうことは想像に難くない。
現在ではこの鶏たちすべてを相手に手合わせを行うという無茶な修業を日課としているらしい山崎も、かつてはここで鶏に蹴られながら途方に暮れたものかもしれない。
そう、伝説の傭兵の愛弟子であり、ルールつきの勝負でこそ自分が辛勝したとはいえ、随分な使い手に見えるあいつも、かつては…。
……。

一人うなずいて森野は、張り紙から目を離し、小屋の外を見た。夕刻が迫っている。
よし。できるだけ早く片付けてしまおう。
森野は小屋から駆け足で出ると、また鶏の群れにむかって手を伸ばした。

「いちばーんひこのがるーいーにでてー♪」


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