070
その号令が聞こえるや否や、森野は気合一閃、布団たたきを左に構え、前へ打ち払うべく、前方へ大きく踏み込んだ。狙うは膝元。
――どちらかが一撃食ったら終わりと言いながら、一方にだけリーチの長い武器が与えられている。
つまり、山崎が攻撃を仕掛けることにはリスクが大きい。実際にはほとんど不可能だろう。とすれば…、必然的に山崎の勝利条件は逃げ切りへとシフトする。
実のところこれはどちらが叩くかではなく、叩くかかわすかの勝負であり、その点において前田が自信を持って送り出せるだけの技量が、恐らく山崎にはあるのだ。
だとすれば…、立ち合いが勝負と森野は読んだ。上体は見切られれば手で払われる危険がある。しかし足元なら…!
貰った、と森野は確信した。この速さなら、後ろへ退くのは間に合わない。両足を同時に避けようとすれば跳ぶしかあるまい。
しかし一度跳んでしまえば、その後は物理法則に従い決まった位置へ落下するしかなく、その間は退くこともできなければ打って出ることもできない。
そこを拾えば、二の太刀(布団たたき)で叩けるはずだ――。
案の定、山崎は退かない。跳んで第一撃をかわすつもりだろう。
そうだ、それしかないはずだ。
…詰んだな、と森野は考えた。ヤッ、という掛け声と共に山崎が地面を蹴る。
その瞬間。
[NEXT]
[TOP]
[BACK]