012

「…無理だ」
しばらく呆然としたのち、永川は視線を落として、かぶりを振った。
「ただでもスラィリーだってのに、それが何頭も、一人のマスターの統率のもと、陣形を組んで襲ってくるんだぞ。とても太刀打ちできない。
 あれが桁違いの懸賞首だってことは誰でも知ってる、それこそ広島に住むもんなら誰も知ってるが…、
 それでも、真面目にあれを狙おうなんてやつはいないんだ。熟練したハンターほど避けて通る。いくらなんでも、無茶だ。無謀だ」
「正面からぶつかれば、そうだろう。しかし、それだけが戦いじゃないはずだ」
「仮にマスターを出し抜くことができても、その後スラィリーを何頭も相手にしなきゃならんことには変わりない。
 俺はともかく、あんたの命の保障ができない」
「金さえ入れば…、そしてそいつを名古屋に届けることができれば、俺はどうなってもかまわん」
「馬鹿言うな。そんな話が受けられるか!」
勢い余って、ドン、と永川が机を叩く。振動で机上の湯飲みがぐらつく。
「もとよりそのつもりで来ている。どうか。頼む!」
森野もバンと音とたて、両手を机へついた。そして森野の湯飲みが倒れるが、すでにほとんど中身はなく、幸い、大事に至らなかった。
「…自分の命を軽く投げ出すような奴とは組めない。そういう奴はえてして、他人の命も簡単に危険にさらすんだ」
ひと呼吸おいて、つとめて冷静に、永川はそう言い放った。
…二人の主張は平行線の気配を見せる。ある種、仕方のないことかもしれない。
なにしろ森野は軍人、大きな目的のためには時に人命は二の次になる世界の住人だが、対する永川は一介の猟師。
命をかけて獲物と戦わなければならないような局面をどれだけ避けられるか、それこそが、腕利きと素人の決定的な違いなのだから。


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