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 出会うのがもっと早ければ。
 なんて、考えたところで無駄である。他に出会う方法がなかったのだから。
「あ、はじめまして」
 それは相手だって同じ。あの瞬間同じことを考えていた、と彼は言う。
 でも私はそれを知る由もなかった。今日までは。

 その日は、久しぶりに遠距離恋愛中の崇の元へ向かうことになっていた。崇とは付き合ってまだ日が浅いから、彼の交友関係はまだわからない。今回は崇の友達も集まろうかという話になっている。
 正直に言うと、不安だった。崇の友達にどう思われるか。しかし、その思いはすぐに砕け散ることになる。

「こいつが大山直哉」
 競技用の車を弄っていた人を指して崇が言う。メガネのよく似合う人だった。かといって生真面目そうでもない。作業服がそう見せているのかもしれないけれど。
「あ、えっと、桜井咲です。よろしくお願いします」
 トリップしてた思考をどうにか取り戻して一礼する。あっちはあっちできょとんとした表情。
「はあ、よろしくお願いします」
 力の抜けた返事。むしろ彼のまとう雰囲気には似合っていた。

 その後も何度か直哉君と顔を合わせる機会があった。
 どうやらボーっとしているように見せかけて気が利く人のようで、痛いところをズバッと突かれたり気遣ってくれ たり。楽天家の崇にはない魅力が彼にはあった。ないものねだりをしても仕方ないのはわかっていたけれど、会う度に直哉君に惹かれていく自分がいることを否定できない。
 何度も否定しようと思ったのに、できない。もっと早く出会えていればよかった。でも崇がいなければ私たちは出会えていなかった、と、思考回路は堂々巡り。これじゃ崇の彼女失格だ。

 結局心のもやもやは晴れないまま、私と崇は婚約することになった。
 そして、崇の住む町へとやってくることになった。

 薬指の指輪は、今の私には枷でしかない。
 直哉君と会うときは無意識で指輪を外していた。直哉君にとっては私は「崇の婚約者」でしかなかっただろうけど、それでも枷だけは外しておきたかった。ささやかな抵抗でしかなかったけれど。
 3人でゲーセンに遊びに行ったときも、目敏い直哉君は私の左薬指に指輪がないことを指摘してきた。
「あれ、指輪は?」
「なくすと大変だからしまっておいてるんだ」
 うそつき。直哉君に少しでも意識してほしくてそうしているだけなのに。
「ふーん、そうなんだ」
 彼は何の疑いも持たない様子でそう言った。少しぐらい疑ってほしかったのに、なんて私の我侭でしかない。
 何より直哉君を好きになってしまったことそのものが私の我侭だったのだから。崇はとても私にによくしてくれているのに、崇にない面を直哉君に求めてしまっている。

 そんなある日、崇が1泊で出張に行くことになった。
「暇だろ?なんなら直哉たちとカラオケ行ってくればいいよ」
 なんて言っていたので、私はその言葉に甘えまくって直哉君にメールした。崇の根回しもあったからか、難なく カラオケに持ち込むことに成功。断られていたらと思うと心配だったが、杞憂に終わったようだ。
 程なくして独特の音が聞こえてくる。直哉君の車の音だ。聞いただけですぐわかる。
 助手席はフルバケシートというものらしく、とても乗りづらい。でも、座ってみれば私の体にはとてもしっくり来た。
 ここから離れたくないな、と喉元まで出かけたが、やめた。その代わりに、
「このシート私の体にちょうどいいや。崇の車の助手席に載せたいぐらいだよ」
 と、さりげなく言ってみる。
「でもこれ借り物だよ?」
「あはは、冗談だってば、冗談」
 なんて笑ってるけど、本当は笑うどころじゃなかった。多分今の私は顔を耳まで真っ赤にしているだろう。夜の闇がそれを隠してくれていた。きっと直哉君は気づいてなんかいない。

 フリータイムで歌っていたら、結局時計の針は午前3時を回ってしまっていた。さすがに私も直哉君も喉に限界を覚え始めていたので帰ることにする。
 やっぱりシートの座り心地はすごくよかった。でも、それ以上に……。
「帰りたくない」
 無意識で、呟いていた。
「え?」
「帰りたくない」
 今度はもう一度、はっきりと。
「どうして」
「もっと直哉君といたいから」
 そんな会話をしているうちに、視界が涙でどんどん歪んでいく。
「でも、崇が……」
「今はその話はしないで」
 だんだん自分が何を望んでいるのかわからなくなってしまった。
 直哉君と結ばれることを望んでいるのか、これまでのような友達でいることを望んでいるのか。頬を生暖かい雫が伝う、けれどその雫は私に答えを教えてはくれない。
「今日しかないの」
「落ち着いて」
「無理。今まで取り繕ってたけどもう限界だよ」
 自分でどれだけいけないことを言っているかはわかっていたけれど、体が止めてくれなかった。心がダメなら体が、ということなのか。私はとことん汚くて弱くて、欲深い人間だと思う。それでも止められなかった。
「直哉君が好き」
 言ってしまった、ついに。もう後戻りはできない。冗談にしようにもこれだけ泣いているんだからそうするには無理がありすぎる。直哉君から発せられる言葉はわかっていたけれど、私はそれを待つしかできない。
 やがて。直哉君から意外な言葉が発せられた。
「崇には悪いと、ずっと思ってたんだ」
「え?」
 何のことか、始めはわからなかった。
「もっと早く会えてれば、って思ってた。でも、崇がいなかったら俺らって会えてなかったんだよな」
「直哉君?」
「ずっと黙ってたけど、ホントは俺も好きだった」
 普段は言葉の少ない直哉君がこんなに感情を剥き出しにして話しているところなんてはじめて見た。異様な会話の内容だというのはわかっていたけれど、不謹慎なのもわかっていたけれど、そこまで私を思ってくれていることがうれしかった。
「今だけでいいから、直哉君」
 そこからは言葉なんて要らなかった。

 今夜だけでいい。共に、踊ろう。

 少し散らかった部屋も、直哉君らしくあった。積み上げられていた車の雑誌に、コンビニ弁当を食べたあと。自炊はしないらしい。確かに直哉君は自炊しそうになかった。
「こっち来て、咲ちゃん」
 少し離れて座っていた私に、直哉君がそう声をかけてくる。少しだけ近づくと、直哉君のほうからキスをしてきた。もうお互い何のためにここにいるのかわかっていたから、唇を触れさせるだけのキスではない。お互いの口の中をまさぐりあい、舌を絡めあう。
「絶対後悔しない?」
「しない」
 頷くと、直哉君は私をそっとベッドに横たえた。直哉君のあったかい香りに酔ってしまいそうになる。
「あ、そっか、ワンピース……」
 不意に、直哉君の手が止まる。寝転んだままじゃワンピースは脱げないのだ。
「もしかして直哉君」
「……」
 恥ずかしそうに頬を赤らめる直哉君に、なぜかうれしさがこみ上げてくる。私から直哉君にくちづけると、そっと体を起こす。
「大丈夫……直哉君も服、脱ごう?」
 お互いに着ていたものを脱ぎ、床に放り投げる。服を畳む間なんて要らない。もつれ合うように二人でベッドに倒れこむ。
 「もしかして」の割には、直哉君は私の身体の扱い方を存分に心得ていた。胸の先を舌で転がす様など手馴れたもので、私は声を堪えるのに必死だった。
「どうして声出さないの?」
「隣の部屋に聞こえちゃうよ……」
「いいよ、そんなの気にしないで」
 そこを吸い上げられた瞬間、私はもう声を堪えられなくなってしまった。
「ああっ!」
 完全に直哉君のペースだった。私はされるがまま。
 直哉君の唇がだんだん下に下りていき、やがて私の脚の間にたどり着く。恥ずかしいよ、と言おうとしたのだが直哉君はそれを許してくれなかった。
 恐る恐る、でも確実に私の一番感じる場所を舌でとらえていたから。舌で転がされ、吸い上げられ、そっと噛まれる。そのたびに私の身体に電気が走ったようになり、無意識で声が出る。
「やっ、は……ぁ!」
 何も言わずにそこを攻め続ける直哉君に必死で許しを請う。
「もうだめ、お願い……」
「え?」
「それ以上、されると」
「して欲しいんだ」
 ひときわ大きく吸い上げられると、ギリギリのところで保たれていた意識がついにはじけとんだ。

「大丈夫?」
「うん……」
 実際のところは大丈夫じゃなかった。あまり比べたくはないけれど、崇はあんなことするような人じゃない。私を気遣ってくれてはいるのだが、それが物足りなくもあった。
 直哉君はというと一心不乱に私を責め立ててくれている。私が限界を迎えても更にその先を続けようとする。そこには「女性」への興味、っていうものもあるのかもしれないけれど。
「待って、直哉君、今度は私が……」
 私はどうにか身体を起こすと、直哉君のそれに手を伸ばす。すでに硬さを増して熱くなっていたそれを、指でさするだけでなくそっと口で咥えてみる。手で触れた以上に、熱い。少し早く脈打つそれに舌を絡めると、直哉君の呻き声が聞こえた。それが嬉しくてもっと奥まで呑み込もうとする。喉の奥にそれが触れた瞬間吐き気がしたけれど、直哉君のなら大丈夫だった。
 裏側に舌を這わせる。
「っ……無理」
 それだけで直哉君は身体を震わせ、強引に私から身体を離すと、今度は私を再び組み敷く。邪魔するものはもう何もない。
「本当にいいんだ?」
 確認する直哉君に頷いてみせると、少しずつ私の身体の中に直哉君のそれが潜り込んできた。思わず息を詰めると、
「どうして声出さないの?」
 とたずねられた。
「だって……」
 答えようとする前に始まる激しい律動。突き上げられるたびに痛みにも似た激しい快楽が私を襲う。
「痛い?」
「大丈夫、でも……んぁ、あ、は……」
 もう声を抑えることはできなかった。直哉君に全てを任せて声を上げ続ける。
「ごめん、俺、もう……」
「あぁ、私も……きて、お願い……」
 必死で懇願すると、直哉君は少し苦しそうな表情で頷いた。そのまま一気にラストスパートをかける。私も一気に上り詰めていく。
「だめ、直哉君、お願い、もうだめなの」
「いい?……いくよ?」
 ……そこから先の記憶はない。全てが快楽の中に消し飛んでいった。

 ――見慣れない部屋で目が覚めた。体が、だるい。
 私の部屋でも、崇の部屋でもない。直哉君の部屋だった。昨日の夜も思ったとおり、お世辞にも整頓はされていないけれど、そこが直哉君らしかった……なんて、微笑ましい事を言っている場合ではない。
 枕元をまさぐって携帯電話を探す。いつもどおり、崇からのおはようのメールが入っている。画面がまた涙でにじんだ。
 ごめんね。崇。私は貴方を最悪の形で裏切った。
 携帯電話を操作し、近くのバス停の時刻表を検索する。今なら間に合いそうだ。これを逃すと何時間も待たなければいけない。もうこれ以上この部屋にはいられない。
 直哉君を起こさないようベッドから身を起こし、散らばった衣服を身にまとう。そして音を立てないようにして、彼の部屋から出る。
 ごめんね。直哉君も、崇も、ごめんなさい。後悔しないって言ったのに。
 冬の風が涙のあとを冷やしていく。バス停に着くまでには泣き止まなきゃ。




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