First first problem 1
……もしかして、避けられている?
ロザリアは肩に入れていた力を意識して抜き、はあと溜め息を吐いた。
わたくしが、悪いのかしら。
そう心で呟いてみるとその思いで胸が塞いでしまう。
どんなに執務が激務でもロザリアは怯んだりはしないし、
やっかいな出来事が起こっても乗り越えて行けると自負している。
もちろん、女王陛下と手を取り合い、守護聖たちの助けがあってこそ、だが。
けれどロザリアにも苦手なものはたくさんある。例えば不正は許しがたく、
上に立つ者は綺麗事ばかりではやっていけないと知っているものの、
そんな輩が大嫌いで顔に出てしまう。
それに、大きな虫は昔から嫌いだ。
手で触る事はおろか、見ただけで体が竦んでしまう。
未知の食べ物へもあまり積極的には関わる事は少ない。
それほど宮殿や私邸のシェフを煩わせてはいないと思うが、
昔から食べ慣れている定番のメニューから冒険はあまりしない。
そしてそれから……。
考えがそちらへ移るともうひとつ溜め息が漏れ、ロザリアは頭を振った。
他宇宙の皇帝からの侵略を受けたものの、
聖獣宇宙の女王の助けを借りてそれを退ける事ができた。
その最後の戦いからまだひと月も経ってはいないが、
やっと緊張した日々から通常の生活へと徐々に戻って来ている。
けれど、聖地の守りに問題があると今回の事で明らかになった。
これからは侵略を想定としたセキュリティ強化に努めるべきで、
通常の仕事をこなしながらそちらへも力を入れている。
従ってそれ以前よりは忙しい日々が続いているのだが、
今はそれがありがたいと思わずにいられないロザリアだった。
王立研究院の研究員が補佐官の執務室を訪れ、
サクリアを使った施錠システムの記された書類を彼女へ示す。
ロザリアがいくつか質問をすると研究員はにこやかにそれに答え、
最後に付け加えた。
「原案は鋼の守護聖様からいただいたものですので、
もっと詳しい事が知りたい場合は、そちらへも尋ねられるとよろしいと思います」
研究員の言葉にロザリアは背を伸ばしてにっこり笑い、彼を労った。
「分かりましたわ。ご苦労様です」
仕事なので躊躇っている場合ではない。
ロザリアは覚悟を決めてゼフェルの執務室を訪ねたが、主は不在で肩透かしを食った。
拍子抜けしたのと同時に、心の半分は彼と顔を合わせずにすんでほっとしている。
それに気が付いてロザリアは俯いて肩を落とした。
もしかして、彼のほうから自分を避けているのかもしれない。
そう思うと胸は塞ぎ、泣きたい気持ちになってしまうのだった。
女王候補時代から、彼女にとってゼフェルは特別だった。
憎まれ口をききながらも本当は彼女を心配してくれていると、
ロザリアが気付いたのは試験も半ばにかかった頃。
けれどお互い意地っ張りだったため、女王試験が終わっても心を通わせる事はなかった。
顔を合わせれば口喧嘩の日々は、ロザリアが女王補佐官へなってからも続いた。
いつの間にか傍にいるのが当たり前になったけれど、
そんな関係から一歩進めたきっかけは、再び行われた女王試験だった。
ロザリアに恋を打ち明けた男性がいた。それを嬉しいと思ったロザリアだったが、
それでも乞われた相手へイエスとは言えなかった。
その理由がゼフェルにあると気付いた時、彼のほうも気付いたらしかった。
他の男性とロザリアが恋仲になるのは嫌だと。
ゼフェルのぶっきらぼうで拙い、それでも嬉しい告白にロザリアは頬を染め頷いた。
周囲は、驚いた者とやっぱりと言った者とが半々だった。そして彼ら二人の事は、
女王陛下の後押しもあって聖地では歓迎を持って受け入れられた。
けれどそれを引き裂く大きな出来事が起こった。他宇宙からの侵略だ。
一番にゼフェルとランディが敵の手に落ち、
急転直下、聖地は平和な場所ではなくなってしまった。
東の塔へ逃れた女王陛下とロザリアにも辛い試練が続き、
思いを交わしたばかりのゼフェルとも会えない日々は長かった。
いや、もう会えないかもしれないと覚悟をした事も実はあったのだ。
だからこそ、皇帝を退け聖地を解放したあの日は忘れ得ない。
聖獣の女王には大きな借りができた。
もちろん彼女にとってもこちらの宇宙の存在は別格なのだと分かっているから、
尚更だ。女王陛下と共に、彼女の危機には助力を惜しまないと誓っている。
そしてやっと聖地を取り戻してゼフェルに再会し、二人きりになった夜のこと。
原因はその日から続く一連の日々にあると、ロザリアにも分かっている。
鋼の守護聖の執務室で、窓の脇のベンチ部分へ腰掛け、
ロザリアは傾き出した陽の光が木々の影を伸ばすのをぼんやりと見た。
あの、夜。二人にとって全てがはじめての、あの夜。
ロザリアは引き込まれるようにその夜を最初から思い返す。
敵を退け平和を取り戻せた祝いに、宮殿で大きな宴が開かれた。
それを仕切っていたロザリアは遅くまで私邸へ戻る事ができなかった。
やっと私室へ戻って入浴を済ませたその矢先、
ガラス窓を叩く小さな音に気付いたロザリアの心臓は驚きに大きく音を立てた。
カーテンを恐る恐る開くと、二階までどうやって登ったものやら、
そこにはゼフェルの姿があった。目を丸くしたものの、ロザリアはすぐに窓を開く。
「まあ、ゼフェル。驚かせないでくださる。あなた、どうやって二階まで」
その姿は執務服ではあるのだが、
マントや肩当てが外された格好は印象が変わって新鮮だ。
彼女の手が窓を閉めるのを待ちかねた様子で、
ゼフェルはロザリアの体を引き寄せた。
「会いたかったぜ」
「わたくしも……ゼフェ、!」
彼らが会えなくなるその前にも、二人はキスを交わした事があった。
けれどその夜受けたくちづけは、ロザリアの全く知らないものだった。
名を呼び返す事も許されず、乱暴とも言える強さでゼフェルは彼女の唇を吸い。
そしてそれだけでなく、
彼の舌が柔らかな唇を割って中へと強引に入り込み、ロザリアは体を固くした。
思わず彼女がゼフェルの胸に腕を立てて拒絶するように押すと、
彼は唇を離して少しばかり不安そうに眉を寄せる。
「いやか? 俺はよ、ずっとおめーに会えなくて、その……思ったんだよ!
もう一度会えたら、ぜってえ」
そこでゼフェルは彼女の背に手を回し、
ロザリアをぎゅっと抱き締めた。続きは本当に小さな声だったのだが、
とても近くにいたロザリアには聞き取る事ができた。
「おめーを離さない、って」
ロザリアの胸に嬉しさが込み上げ、彼女を抱く腕と同じほど強く、
ゼフェルの背に腕を回して力を込める。
「わたくしも、お会いしたかった」
ロザリアの返した声も小さかったけれど、ゼフェルにはちゃんと届いたらしい。
さらに力を込めてぎゅっと一度抱かれ、
ロザリアはふわふわと夢の中にいるように全てを嬉しく感じた。
その夜のゼフェルのキスの意味、彼の望むものは、
未熟なロザリアでも容易く想像がついた。普段だったら彼女とて、
もう少し慎重に育みたいと思ったかもしれない。
けれど、まだ戦いの余韻と興奮、そして全てを失うかもしれなかったという恐怖が、
ロザリアを急き立てていた。それは多分、ゼフェルも同様だったろうと、彼女は思う。
「いい、のか?」
優しさを取り戻したいくつものキスをうっとりと受けていたのだが、
改めて聞かれてロザリアは恥ずかしさで頬が真っ赤になった。
それでも、不安そうに響いたゼフェルの声に頷いて返す。
「ええ」
短く答え、私室の奥の扉へ視線を向ける。その扉は、ベッドルームへと続くもの。
ごくっとゼフェルの喉が音を立てるのを聞き、ロザリアは目を伏せた。
腕を引かれ、ロザリアはその扉をゼフェルと共にくぐった。
「ロザリア。……ロザリア」
大事な愛の言葉のように、ゼフェルは彼女の名をキスの合間に紡ぐ。
その声が少し掠れている事すら、ロザリアの熱を煽った。ベッドの真ん中へ座り、
熱に浮かされたように何度も続くくちづけに鼓動が高まる。
ゼフェルのぎこちない指が背中から腕を撫で、そしてウエストから胸へと至った。
上に着ていたガウンは既に床へ落とされている。
ロザリアがブルーの夜着の下へ身に着けるのは、
入浴の後という事もありショーツひとつだけ。
当然、胸へ触れるゼフェルの手を隔てるのは柔らかく薄い寝衣のみ。
布越しの手の動きがだんだん大胆になり、
触れるだけだったそれが胸全体を包んで下から揉み上げ、
先の部分へも目的を持って刺激を与え始める。
ロザリアの息は速くなり、
ゼフェルの唇を逃れて彼の肩へ顎を乗せて喘いだ。
ゼフェルの髪からはシャボンの香りがし、
彼もまた彼女と同様入浴したばかりなのだとロザリアは気付く。
ゼフェルの唇がロザリアの首を吸い上げ、胸へ与えられる愛撫と共に思わず声を上げた。
その声がゼフェルを煽ったのか、指が寝衣のボタンを手繰る。
けれど器用な筈のその指はなかなかボタンを外す事ができない。
小さな舌打ちが聞こえた直後にゼフェルの手が強く寝衣の端を引き、
一番上のボタンが弾け飛んだ。
「待って、ゼフェル」
上がった息でゼフェルを制すと苛立ちのこもった赤い瞳が彼女へ返るが、
ロザリアは自分でボタンを外しに掛かった。恥ずかしさに俯くが、
ゼフェルは肌蹴た胸へ気を取られ、ロザリアの頬が赤い事へは気付かない。
「すげっ……柔らけぇ」
感嘆の声と共にそっと触れる手は、
先程よりももっと宝物を扱う仕草。
顔を上げたゼフェルは潤む青い瞳を見つめ返して囁く。
「ロザリア、おめー綺麗だ。なんか、頭ヘンになりそーだぜ」
前を広げた夜着が肩から落とされ、思わずロザリアは体を奮わせた。
「寒いか?」
心配げな赤い瞳へ、彼女は首を振る。寒いどころか、
とても熱いのだ。触れられる場所すべて、そしてまだ触れられぬ場所も。
ゼフェルの肩に両手を置くと、
その首から速い脈動を感じてロザリアは目を見開いた。
「ゼフェル、すごく脈が速いのね」
照れて笑うゼフェルにロザリアの胸の鼓動もさらに速くなる。
「ったりめーだろ。それに、おめーも、じゃねーか」
言うとそれを確かめるようにゼフェルは唇を彼女の胸に這わせ、
軽く吸いながら移動させた。そして胸の先へ辿り着いた唇がそこを捉える。
もう片方もゼフェルの指に捕まり、思わずロザリアは声を漏らした。
「気持ちいいのか?」
尋ねる声は嬲るというよりも疑問と不安の色が濃く、
ロザリアは恥ずかしかったが頷いた。すると荒い息でゼフェルの指が同じように動く。
「俺も気持ちいい。こんな気持ちいいもん、触ったことねえ」
ゼフェルの言葉に煽られてロザリアは再び声を上げる。
その声に押されたか、ゼフェルの手が荒々しいものに変わり、
ロザリアをベッドへ押し倒した。
同じようにキスと胸への刺激が続いたが、
ゼフェルの片方の手はロザリアの下腹へ下りていく。
ああそこは、今一番熱いところ。
ロザリアは体を固くしたが、
彼の指は下着の中へ滑り込んだ。
「なあ、これ、濡れてんの……か?」
分かっている事を聞かれ、ロザリアは羞恥のため顔を両手で覆って首を振る。
へへっと笑う声が嬉しそうで、下着を剥ぐ手を振りほどく事ができなかった。
「ちょっと見せてくれよ。な?」
「いやですわ、そんな。いや」
いーじゃん、ちょっとだけ、そう押し切られてロザリアは足を開く。
ベッドサイドの灯りは小さいものだから、
それ程はっきりとは見えないだろうと思いながらも、ロザリアの体は竦む。
労わりをもってそっと触れる指。恥ずかしさも快感を高め、
ゼフェルの指が動く度にロザリアは声を上げてしまう。
「なあ、すげえ。どんどん溢れてくる」
「そんな……事、仰らないで」
少しずつ奥へ進む指に痛みも感じるけれど、
彼の言う通り溢れるものがそれによって音を立てたのがロザリアの耳へも届く。
「もう我慢できねえ」
体を離したゼフェルが、破くほどの勢いで自身の服を脱ぐのを、
ロザリアは肩で息をして見上げた。そしてゼフェルは再びロザリアの足を開かせ、
その間に自分の体を滑り込ませた。期待と不安でロザリアは目を閉じ、そして──。
「あっ!」
ゼフェルの驚いた声が響いた後、彼女の寝室は静かになった。
「クソッ! ……っでだよ!」
ゼフェルの突然の悪態を受け、
ロザリアは竦みあがった。先程まで熱く優しく彼女に触れていたゼフェルを、
こんなふうに怒らせるどんな事を自分はしてしまったのか、
ロザリアには全く分からなかった。
そのまま怒りを内に秘めたゼフェルが、ティッシュを取ってシーツの上を拭く。
「あの、ごめんなさい、ゼフェル。わたくし、何か間違ってしまったのかしら?」
ロザリアが身を起こして恐る恐る聞くと、
ゼフェルはやっと自分へ向けていた怒りから我に返った。
「ちげーよ、おめーのせいじゃねえ」
正面に座って彼女の髪を撫でるゼフェルからは怒りはあっという間に消えていて、
ロザリアはほっと息を吐く。再び優しいキスを与えられ、
ロザリアはうっとりと目を閉じた。
ゼフェルの手に手を取られたと思うと、
それを下へと導かれた。その先には……。
「握ってくれよ」
ロザリアは驚愕に目を見開いて激しく首を振った。
「なあ、頼むって。いいだろ?」
唇へ触れるだけのキスの合間に懇願され、
ロザリアは乞われた通りにしたが、固く目を瞑る。
ロザリアの手をゼフェルの手が包み上下に動かす仕草をすると、
それは彼女の手の中で固さを増した。彼女の不安に拍車がかかってしまったのは、
それが想像していたよりも固く、大きいものだと知ってしまったからでもある。
「すげぇ、気持ちいいぜ」
熱い声を嬉しく感じるものの、それでもこの行為に慣れる事はできそうにない。
ロザリアの胸へゼフェルがまた触れて来たが、
今度はそちらに集中する事が不可能だった。
「痛っ……! いや、いや、ゼフェル」
身を進めたゼフェルに、悲鳴を上げて痛みを訴えたロザリア。
「いてえのか? 大丈夫か?」
動きを止めて気遣わしげにゼフェルが問う。
ロザリアの体は熱さをどこかへ置いてきてしまっていた。先程はあんなに熱かったのに、
不思議だ。
「お願い、ゼフェル、痛くて我慢できませんの」
涙を滲ませて首を振るロザリアに、ゼフェルは腰を引いて彼女から離れた。
「あんま力入れてっと、痛ぇのかもしれねー。
けど最初はちょっと我慢してくれねーか」
くすんと鼻を鳴らしてロザリアは頷いたが、
やはりその続きが行われると声を上げた。
「だめですわ、とても無理……いや、痛い! やめて!」
痛がるロザリアに無理強いできず、結局その夜はそこで断念する事となった。
二人で抱き合い、ゼフェルは優しく彼女の髪を撫でてくれたのだが、
ロザリアは情けなく悲しい思いに苛まれた。
その後、もう一度チャレンジした事があったのだが、その夜はもっと悲惨な事になった。
やはり痛くてうまくいかなかった事ももちろん悲しかったけれど、問題はその後。
ゼフェルが「じゃあ口でして」と言い出して、ロザリアは思い切り拒絶したのだ。
知識として知ってはいたけれど、ロザリアが感じたのは抵抗のみだった。
彼女の拒絶にゼフェルがひどく傷付いた顔をした事は、
ロザリアを自己嫌悪に陥らせた。
やっぱり、わたくしが、悪いのかしら。
ゼフェルの事は本当に大事だと思うし彼の望む事になら応えたいのだ。
けれど自分がそういった方面が苦手なのだと知らなかった。
あまりにデリケートな問題すぎて、
ロザリアは誰にも現在の悩みを相談できてもいない。
他の者たちがどんなふうにそれを乗り越えているかなど、
今まで気に留めた事もなかった。
執務室の窓から差し込む陽は柔らかにオレンジ色。
ロザリアの影がシャープな印象の床へ落ちる。
「どうしたらいいのかしら。わたくしはとてもゼフェルが好きなのに」
「よお」
短い挨拶を耳にしてロザリアは窓辺から慌てて立ち上がった。