足の力が抜けたロザリアがその場へ崩れ落ちる前に、
オリヴィエは腰に手を回して彼女を支えた。すると更に二人の体は近くなる。
黒い羽根のショールがロザリアの頬をくすぐり、彼女は背を奮わせた。
「そ……んな、事」
掠れた声が洩れる柔らかな唇をオリヴィエは見つめる。
頬を染め苦しげな表情で彼から目を逸らせない様子のロザリアに、
オリヴィエは追い討ちを掛けていく。
「あんたの事だからもう私へは近付いて来ないと思ったよ。なのにさ、
自分から飛び込んで来るなんて」
ふぅん。
そこでオリヴィエは彼女を嘲るように口の端を上げた。
「そんなによかったんだ」
「違、違いますわ。わたくし、
そんな事思っておりません」
憤りを示そうとする口調も表情も、
震えていて赤いままでは全く迫力はない。どうにか足に力を戻し、
ロザリアは彼の胸に腕を立てて体を押しやろうとした。
「あの子が、
アンジェリークが無理矢理、わたくしをここまで引っ張って来ただけですわ」
一度身を離す振りをするとロザリアが体から力を抜き、
その隙を逃さずオリヴィエは片足を彼女の足の間へ割り入れる。
「そんなの。本当に嫌ならアンジェリークを振り切って帰るコトだってできただろ?」
言いながらも、周囲へ示して来た手前、
あからさまにオリヴィエとの関係を一気に断ち切る事は、
完璧な女王候補としてできないだろうとは彼も知っていた。
けれどそれは言わず、オリヴィエは割り入れた腿で軽くロザリアを刺激する。
びくんと震えた体にオリヴィエも煽らて引き摺られそうになり、
努めてゆっくり呼吸をする。
潔癖な彼女のこと。どれ程の意志と決意を持って彼を誘ったかは想像に難くない。
その意味を分かっていながら拒絶をした彼を許しはしないとオリヴィエは思っていた。
そればかりか、彼女の意志を遂げるのに支障ない相手を探し、
再び関係を築いていくのだろうと覚悟していた。
それを想像するだけで息ができないほどのものがオリヴィエの胸を塞ぐ。
けれど今、
親友の少女に連れられてと言い訳をしながらも自分の執務室を訪れたロザリア。
だったらもう、逃がしてなんてやらない。
彼の腕の中で頬を染め震える体を、
今すぐこの場で奪いたいという欲求がオリヴィエの背中を駆け上がる。それを押し込め、
余裕の態度を装ってオリヴィエはロザリアの耳元へそっと息を吹き掛けた。
他に誰も居ない部屋で誰にも聞こえはしないのに、息を潜めて吐息で囁く。
「夜、抜け出しておいで」
切なく眉を寄せ、ロザリアは首をひとつだけ振った。
薄く開いた薔薇色の唇からは言葉が出て来ないようだ。
その手から本が一冊滑り落ちて床へ音を立てたが、
ロザリアはそれに気付きもしないようだった。
「それとも、こっそり入れてくれる? あんたの部屋へ」
今度は何度か首を振り、ロザリアは拒絶の言葉を絞り出す。
オリヴィエの胸に立てていた手、その震えを止めるためにか、
ロザリアは彼の肩から掛かっている布をきゅっと掴む。
「できません、わ。そんな……」
「そ? じゃあ今からここで?」
畳み掛けるようにオリヴィエがわざと意地悪く聞くと、
ロザリアは大きな瞳をもっと大きく見開いて視線を彷徨わせた。
カーテンの開けられた大きな窓へ、部屋の中へ、執務机へ、
そして彼の私室へと繋がるドアへと。
「いや」
息を上がらせロザリアは首を振る。潤んだ瞳、熱い頬、荒く上下する胸。
全てがオリヴィエの嗜虐の思考を加速させる。腕の中へ囲った体から伝わる熱、
否定をしようとも彼女の内から高まっている欲望。
オリヴィエは間近からロザリアの全てを堪能した。
そして今彼女の心を、自分と自分が示唆する事柄のみが占めているだろうと思うと、
彼の胸にも上がってくる満足と更なる欲求。あの主星で過ごした夏の日のように、
オリヴィエは熱さで目眩がしそうだと感じる。
「ねえ。早く答えないとドレスが汚れるんじゃない?」
密着させ、時々刺激していた膝から特別な熱さを感じる。
だからじきにそれは本当の事となるだろう。
かあっとロザリアが頬を赤くしオリヴィエの体を離そうと胸を押すので、
オリヴィエは最後に取って置いた言葉を赤くなった耳へ注ぐ。
「始めたのはあんた。私は言ったよね? ダメだ、って」
それは……。彼の言葉にロザリアの青い瞳が揺らぐ。
ぎゅっとオリヴィエの腕に掛かったロザリアの手に力が入り、彼女は長い睫を下ろした。
震える声が告げる。
「……夜、オリヴィエ様のお屋敷で」
オーケイ。
にっと笑ってオリヴィエは了承し、腕の中へ捕らえていた体をあっさりと開放した。
彼女が足元へ落としていた本を屈んで拾い、ロザリアの腕に戻す。
そして大きな歩幅でさっと歩き、
ドアへ背を預けて立つロザリアを置いてオリヴィエは執務机に戻った。
残されたロザリアは途方に暮れたような物足りなさを示すような表情で、
先程まで捌いていた書類へ戻ったオリヴィエを見る。
「それ、女王陛下もだけど、補佐官のフォローもなかなかすごかったね。
今の陛下とディアもだけどさ、守護聖には入れない絆があるってカンジ」
突然オリヴィエが言った言葉が理解できなかったようで、
ロザリアは彼を見てゆっくり瞬きした。オリヴィエは口の端を上げて、
持ったペンで彼女の持つ本を指し示す。
「こちらの本のお話……?
オリヴィエ様、お読みになった事がおありなの」
「以前ね。……ナニさ、その顔。私が本読むのがそんなに意外?」
え、いいえ……。口篭りロザリアは手に持った本に目を落とした。
綴られた出来事を思い返す様子で本の表紙を見つめる彼女を、
同じほどの熱意でオリヴィエもじっと見る。
その本に書かれた女王陛下と補佐官も、そして私たちの陛下とディアも。
かつては女王候補のライバルであったのに違いない。そう、
あんたとアンジェリークのように。
逃げないで。もっと苦しんでよ。
そんなあんたのコト、私は全部見ているから。
オリヴィエが心で呟いたその声が聞こえた訳ではないだろうが、
ロザリアはひたと彼に視線を注いだ。何か言いたげに柔らかな唇が開いたが、
きゅっとそれを噛み締めてロザリアは一礼した。
「今夜ね」
時間を告げるオリヴィエの声にロザリアは背中で頷くだけで返し、
ドアの向こうへ消えた。
「オリヴィエ」
執務も終わろうかという時間に彼の執務室を訪ねた人物があった。
「はぁい。どしたのさ、リュミちゃん」
ええ……。水の守護聖は微笑み、
ちょっとよろしいでしょうかとオリヴィエに伺いを立てる。
オリヴィエは仕えの者を呼んでリュミエールの好きな紅茶を頼むと、
彼を横の椅子へと促した。
「貴方は、女王候補との事をどうお考えですか」
そう切り出したリュミエールにオリヴィエは黒い羽根のショールを揺らして微笑む。
オリヴィエがロザリアとの距離をゆっくり詰めていったと同じくして、
金の髪の女王候補と親しくなっている者がいた。それがリュミエールだった。
オリヴィエが見たところ、アンジェリークはまだ恋を自覚しているとは言い難いのだが、
リュミエールのほうはもうかなり傾倒しているらしい。
真面目なヤツが本気になると歯止めが利かないんだ。
そう浮かんだ考えに彼は苦笑した。自分こそひとの事をとやかく言える状態ではない。
オリヴィエは彼に運ばれて来たアイスティーに口をつけて息を吐く。
「アンジェリークもロザリアも、
どちらが女王になってもおかしくないサクリアを秘めてる。
大陸に彼女たちの力が満ちるまで、私は見守りたいと思ってるよ」
当たり障りのない返答をすると、リュミエールは眉を寄せて俯いた。
彼らしくなく感情を顕にした表情だが、それでもオリヴィエから隠すつもりではないらしい。
オリヴィエは肩を竦めると、そんな水の守護聖を見てやや乱暴な仕草で足を組んだ。
「あんたはアンジェリークに女王になって欲しいの? 欲しくないの?」
少しだけ突っ込んだ事を聞いてやると、
リュミエールは顔を上げて必死にオリヴィエを見る。
「アンジェリークが女王に相応しい、貴方も本当はそう思っていらっしゃるのでしょう?
宇宙を思えば、わたくしもそれを望まない訳には参りません。けれどわたくしは、
愚かで身勝手な自分にどうしても気付いてしまいます」
オリヴィエが微笑んで頷くと、
リュミエールは声を荒げたのを恥じ入るように出されたカップへ目を落とす。
オリヴィエは彼に紅茶を勧め、自分も再びグラスを手にした。
窓へ目を向けると、傾いた日が空を赤く染めているのに気付く。
「女王候補はなぜ二人なんだろう、ね」
オリヴィエが呟くと、
リュミエールはゆっくりと紅茶を味わいながら彼の言葉を考えているようだった。
告げた時間通りに女王候補の寮のドアがそっと開き、ロザリアが姿を見せた。門の横
、寮の塀へもたれて立つオリヴィエに彼女はすぐに気が付いた。
目の前まで来たロザリアの夜目にも白いその顔を見下ろしながら、
オリヴィエは持って来たショールを広げて彼女をで包んだ。
夜に相応しい黒いオーガンジーとレースが、ロザリアの白い肌を覆う。
塀の横の木へ繋いでいた愛馬へロザリアを抱いて乗せ、
オリヴィエも鐙に足を掛けて馬へ跨った。夜の中そこへ佇んでいた彼の体は、
密着したロザリアへ冷たさを伝えたらしい。ぶるっと奮わせた体の暖かさに、
オリヴィエは吐息を零した。
知らず馬の足を速めさせたオリヴィエに、
鞍の前に乗せたロザリアが彼の服を握る。
腕の中に納まる柔らかな体に屈んでオリヴィエは彼女の髪の香りを吸い込み、
早足になっていた蹄の音をゆっくり戻した。
夜は天蓋を下ろしてはいない。
フットライトだけでは暗すぎて、
オリヴィエは部屋の照明を半分点けた。彼女の姿をはっきり見るために。
「オリヴィエ様、灯りを消し……」
息を上がらせた懇願など取り合わない。
彼女の服を解き、現れる肌へオリヴィエがキスを降らすとロザリアの躊躇いは四散していく。
熱い息を重ね、絡める。応える事を覚えた小さな舌に、オリヴィエは更に欲望を伝えた。
愛撫が下へ下りてゆくとロザリアの唇から抑えられず声が上がる。
熱い彼女の昂ぶりを指の先へ認め、オリヴィエは口元を綻ばせた。
そして彼はロザリアの耳へ、ふぅんと意地悪な声を注ぐ。
「もう、こんなにして。待ってたんだ?」
……やっ。羞恥に身を引こうとするロザリアの手を取り、
オリヴィエは服の上から自分へと導いた。自分も同じだと。
かあっとロザリアの白い頬が赤く染まって弾かれたように手を引いた。
それを追わず、オリヴィエは誘う瞳で自身のシャツブラウスのボタンをゆっくり外す。
ロザリアの目がボタンを外す彼の手をじっと追うのを見て、
オリヴィエは口の端を上げた。
「脱がせて」
オリヴィエの言葉に操られたかのように、残りのボタンを華奢な手が外す。
シャツの前を開けた手がオリヴィエの裸の胸をさまよい、ロザリアの薔薇の唇が、綺麗、
と声を出さずに形作った。
綺麗なのは、あんただよ。
彼女と同様にオリヴィエも声を出さず呟く。
白い肌を晒す自分を忘れた様子でロザリアが彼のシャツをゆっくり肩から落とし、
腕を撫でながらそれを抜いた。
金の鎖ひとつを残したオリヴィエの肌へ、
ロザリアの唇が留まる。それが合図で、
互いの服の残りを焦れた仕草で取り去り二人はベッドへ体を沈めた。
愛撫がどんなものかもう知っているロザリアへ、
けれど今夜のオリヴィエはすぐに彼女の欲しいものを与えはしなかった。
髪を撫でくちづけを繰り返すオリヴィエの指は、腕と脇の線だけを辿る。
「オリヴィエ様、わたくし……」
息を荒くしながらロザリアは青い瞳を潤ませて彼を見上げる。
オリヴィエのほうこそ今にも弾けそうな欲望を抱えているが、彼女の耳へ吐息で尋ねた。
「どうして欲しいの? 言えるだろ?」
熱い息が耳へ掛かる、それだけの刺激で敏感になっている体はびくんと震えた。
「い、やっ。……言えません、わ」
必死に首を振るロザリアへ、言えるさ、
とオリヴィエは答え、舌で耳から顎の線をなぞる。
そして拒絶の仕草で動く腕を捕らえるとシーツへ押し付け、細い指へ指を絡めた。
「あ……も…っと、……っふ」
ああ、そうだよ。もっと。
「お願い……感じさせ、て」
ん、もっと私を感じな。
オリヴィエは笑い、
彼女の望む場所いくつかへ同時に刺激を与えた。
それまで焦らされていたロザリアは堪らず高い声を上げ、
あっと言う間に快楽を手にしたようだった。
「だめだよ。もっと、だろ」
息を詰めて耐えるロザリアへ彼は愛撫の手を緩めず、
続けて彼女を何度も高い波へ乗せた。
「私だけ、見てて、よ」
他のヤツも、他の事も何もかも、
あんたの頭から締め出して。ただ、痺れるような快楽に二人で呼吸を合わせて。
言われ、目を開けたロザリアは彼に揺すぶられるままに、それでも微かに頷いた。
オリヴィエは動きを止めずに彼女の唇を唇で塞ぎ、甘い声ごと吸い上げる。
息をするのが苦しい事すら今は全て快感へと繋がると、オリヴィエは知っていた。
離れると彼女の唇が荒く息を継ぎ、再び青い瞳が潤んで彼を見る。
「そしたら私もあんたを見てるから」
オリヴィエは体を起こし、ロザリアの両膝に手を掛けるとそれを開いた。
ゆっくりと抜き差しを繰り返しながら視線をそこへ落とす。
それに気付いたロザリアが首を激しく振って顔を両手で覆った。
「嫌、ですわ! いやぁ……見、ないで!」
楽しげに声を上げて笑い、オリヴィエは殊更ゆっくりと体を動かした。
羞恥にロザリアの肌は上気し目尻には涙が浮かぶ。
身を捩ろうとするロザリアをオリヴィエは許さずに揺さぶった。
「すごくよく見えるよ。あんたが悦んでるのも、全部」
顔を背けて、ああっと泣きそうに声を上げながらも、
オリヴィエの行為に彼女が更に昂ぶったのは彼には直に伝わった。
きつく締め上げられ、オリヴィエは声を漏らす。
もっと乱れて、誰にも見せないあんたを私にだけ見せて。汚れようと、
どんなに惨めだろうと、どんなあんたでも。私は見てるから。全部。
額から流れた汗が目に入り、オリヴィエは顔を顰めた。ロザリアの姿が霞んで見え、
オリヴィエは頭を振る。
それが苦しげな表情に見えたのだろうか。
ロザリアは荒い息の中、眉を寄せ、それでもじっとオリヴィエを見た。
薔薇色の唇から短い懇願の声を聞き、オリヴィエは驚いて目を見開いた。
「……見て」
ゆっくり微笑み、オリヴィエは動きを速くする。
「ああ、見てるよ。だからもっと、感じてよ」
見て、
と熱に浮かされたように小さく呟く唇にオリヴィエがいつもより乱暴にくちづけると、
彼の背には強くロザリアの爪が立てられた。
夜の逢瀬が続くのと反して、
昼間ロザリアがオリヴィエの執務室を訪れる事は格段に少なくなった。もっとも、
一時期のように彼を避けるような事もせず、
彼女は周囲から見れば良好な関係と見えるように気を配っているようだった。
二つの大陸の発展はしばらく拮抗していたが、エリューシオンが急激に勢いを増した。
アンジェリークの育成に、エリューシオンは打てば響くように反応を見せる。
ロザリアはそれを冷静に受け止めていた。そして自分の今まで積み重ねた方法で、
彼女の育成でフェリシアへ向かっている。オリヴィエはそれをじっと見ていた。
「あのレポート読んだよ。なかなか面白いんじゃない? もう少し続けて見たいかな」
オリヴィエが言うとロザリアは目を丸くした。
彼女が王立研究院へ提出したレポートをオリヴィエが読んだ事が、
よっぽど意外だったらしい。そしてロザリアはゆっくりと嬉しそうに微笑んだ。
オリヴィエが手を貸し、ロザリアのレポートの続きはもっとよいものになりそうだった。
目的があれば彼女の意欲は一直線にそこへ向かう。
生真面目なロザリアに笑みを漏らしながら、
口出しした彼を厭わなかった事はオリヴィエを慰める。
「ロザリア、いますか?」
忙しないノックの後、息せき切ったアンジェリークがオリヴィエの執務室に顔を出した。
オリヴィエは笑って首を振る。
「残〜念! ついさっきまでいたんだけどさ、王立研究院に行ったトコ。
そっちが就業になるまでレポートに向かうって言ってたから、
あんたが追い掛けても相手してくれないかもね」
肩を落として金の髪の女王候補は、そうですか、と呟いた。
まだ息が整わないらしいのは、ここまで聖殿の廊下を走って来たからに違いない。
いつも元気な彼女だが今日のその頬は赤く、
何かにそわそわと気を取られている様子にオリヴィエは興味を惹かれた。
「まあ、落ち着きなって。顔赤くして、どこを走って来たんだか。
お茶用意してあげるから、ほら」
オリヴィエはアンジェリークを促してソファーへ座らせ、
側仕えに冷たい紅茶をふたつ頼んだ。
すぐに持って来られたアイスティーに手を伸ばし一気に飲むと、
アンジェリークは大きく息を吐いた。
「ロザリアに、聞いて欲しい事があったのに」
アンジェリークが赤い頬のままぼんやりと窓を見つめ、
そして無意識に指の背で唇をなぞる様子にオリヴィエは眉を上げた。
「なにさ。リュミエールにキスでもされた?」
途端にソファーの上で体が飛び跳ねるくらいに驚いて、
アンジェリークは目を丸くしてオリヴィエを見る。
「ど、どうして分かっちゃうんですか!!?」
オリヴィエは吹き出して笑った。丸分かりだっての。
「リュミエールのコトが嫌い? あんたはそうされて、嫌だったのかい?」
赤い顔を俯かせてアンジェリークは首を振る。
「びっくりしましたけど、嫌なんかじゃなかったです。でも」
その後は消えた言葉に耳を澄ませ、
オリヴィエはソファーの背に体を預けて目を閉じた。
リュミエールの気持ちはつい先だっても彼の口から聞いていた。
その気持ちが真面目なものであるのに加え、焦りが水の守護聖を駆り立てているのだろうと、
オリヴィエにも容易に想像がつく。
一歩踏み出したのであろうリュミエールに、
金の髪の女王候補はその気持ちに気付かなかったとずるい事をもう言えはしない。
彼女の反応が、オリヴィエとロザリアへも大きな影響を与えるのも間違いはない。
けれど、アンジェリークの事だって気に入っているのだ。
「リュミエールの気持ちは本物だから。あんたも真剣に、後悔のないよう向き合って。
話ならいくらでも私が聞くからさ」
横へ座る金の頭をぽんぽんと軽く叩いて撫でるとアンジェリークは顔を上げた。
緑の瞳から大きな涙の滴が膨れて頬を落ちる。
「ど……たら、いいか、不安……で」
オリヴィエは腕を回してアンジェリークの背を宥めるように撫でた。ごめんなさい、
そう呟く細い肩をそっと抱いて、大丈夫だよ、と声を落とす。
オリヴィエの後ろで執務室のドアが閉まる小さな音がした。
いつ開いていたのだろうと巡らした頭を傾げ、
オリヴィエはアンジェリークへハンカチを渡した。