我慢で・き・な・い 2
「明日お休みなんです。オリヴィエ様のお屋敷に行っても、いいですか?」
頬を染めて彼を見上げるアンジェリークの言葉に、動揺が表に顕れそうになって、
オリヴィエは必要以上に大きく笑みを浮かべた。
いくつも指輪が光る手を合わせ、拝むように彼女へ謝ってみせる。
「ごっめーん! オスカーがいい酒手に入れたって言うから、
酒盛りの約束しちゃったんだよね」
それはこの前の彼女の休みから三週間が経とうかという頃。
執務が終わる時間になり、女王陛下が自らオリヴィエの執務室を訪れての発言だった。
あれ以来女王陛下と夢の守護聖は、執務に追われたまま、
個人的に会うどころか顔を合わせてもいなかった。そして、
ルヴァが文献を調べてくれていたものの、解決策となるものなど見つかっていなかった。
「そうなんですか」
目に見えて肩を落としたアンジェリークに、
視線を揺るがせたオリヴィエはついその頬へと触れた。
「ごめんよ。
でもせっかくのお休みなんだから、そんな顔しないで。
アンタもゆっくり休んでよ。ね?」
くすぐったそうにオリヴィエの指を受けるアンジェリークのはにかんだ笑顔。
オリヴィエは彼女を抱き寄せてくちづけしたい衝動と必死に闘った。
「はい。オリヴィエ様もオスカー様も、あまり飲みすぎないでくださいね」
キスもダメなのかな。……おでこくらいになら、いいよね、多分?
オリヴィエはアンジェリークの髪をそっとかき上げて、額に唇を落とした。
途端に真っ赤になったアンジェリークの頬へも、もうひとつキス。
あっぶない。これ以上はヤバイよ、きっと。
「ハイハイ。アンタも、ゆっくりお風呂にでも入って、疲れを癒してよ」
アンジェリークが執務室の扉に向かい、オリヴィエはそれを送ってドアを開けた。
するとそこへちょうど炎の守護聖が通りかかり、二人を見ると口の端を上げた。
ドアから廊下へ出たアンジェリークは、腰に手を当ててオスカーを見上げた。
「オスカー様。今日は女性とじゃなくてオリヴィエ様と飲み会なんですって?」
「なに……」
オリヴィエはすごい勢いでオスカーの首に腕をまわすと、
ぐっと締め上げて彼の頭をぽふぽふと叩いた。
そして低音ボイスでオスカーを脅すように言う。
「オ・ス・カー? あんたの用意した酒、たーっぷり楽しませてもらうからね〜?」
うふふ、と笑ってアンジェリークは廊下を戻る。
「あ、あ。それは、任せろ。ぐうの音も出ない酒だってことは補償する」
じゃーね〜。オリヴィエはオスカーの首に腕をまわしたまま、
手を振るアンジェリークへ手を振り返した。
「おい、いい加減手を離せよ」
その声にオリヴィエは不機嫌そうに腕を解き、オスカーの背中へ肘を入れた。
「ぐうの音も出ない酒って何さ。あんたアドリブ効かなさすぎ」
いてっ! オスカーは、俺に当たるなよ、と顔を顰めたものの、
気の毒そうに呟いた。
「まあ、今回はそういう事になってる訳だな」
「そーゆーコト」
はあーと溜め息を吐くオリヴィエを見やり、
オスカーは彼の肩をポンと叩いた。
「まあ、頑張れよ」
オリヴィエはじろっとオスカーを睨む。
「そんな面白がってる顔で言われても、
全然頑張る気になれない」
オリヴィエは女王補佐官へ女王陛下の休みを教えろと直談判した。
翌々週の陛下の休みは、必要のなかった惑星の視察を捻じ込んだ。
その次の休みはロザリアの誕生日であったので、
オリヴィエはパーティーを企画し、それが終了する夜更けまで必要以上に騒いだ。
その次はロザリアに頼み込んでアンジェリークを誘ってもらい、
アンジェリーク、久しぶりにいっしょに寝ませんこと? をやってもらった。
そしてその次は……。
まあ、そんなこんなでかなり長いこと、
オリヴィエとアンジェリークは二人きりで休みを過ごすことをしていなかった。
「変ですわよ、オリヴィエ様。陛下は、最近あなたが冷たいと言って、
しょげてましたわ」
オリヴィエは頭を抱えて女王補佐官の執務室のソファーに体を沈めた。
どうやらロザリアは件の日、リュミエールの情熱に押されて、
陛下のサクリアの変化まで気がいかなかったらしいのだ。
さすがのオリヴィエでも、ストレートにその理由をロザリアへ説明出来る筈もなく。
「とにかく、次のあのコの休みにも、惑星の視察でも入れてよ。
もちろんこれはあのコには内緒で」
ロザリアは横目でオリヴィエを睨んだ。
「女王に就任してとても忙しかった時より、
今のほうが陛下には堪えていらっしゃるようですわ。
オリヴィエ様はあの子に会いたくないんですの?」
オリヴィエは力なげにソファーへ拳をぽすんと放った。
「会いたいさ。こっちだってもー限界。なのに、解決策は見つからないと来てる」
苛立ちを隠そうともせずに呟くオリヴィエを見て、
ロザリアは、あ、と声を上げて顔を赤くした。
「まさか、オリヴィエ様、
その、なんとか不全とか、そういった事で悩んでいらっしゃる、とか?」
オリヴィエはソファーを立ってロザリアに無言で近付くと、
そのこめかみにゲンコツをぐりぐりと押し当てた。
「いた、痛いですわ!」
「言うにこと欠いて、ソレ言うかあんたは!
いいよね、リュミちゃんとあんたは、うまくいってるようでさ」
殺気をふいと治めて、オリヴィエはロザリアの肩へ腕を乗せて息を吐いた。
「いっそそれなら、こんな苦労しなくていいかも、だよ。ともかく、
あのコの休みの日は、私を聖地から出してよ」
補佐官の執務室のドアがノックもなく開いた。来訪者の金の髪の少女は、
オリヴィエがロザリアの肩へ触れているのを見て目を丸くした。
「嫌っ」
首をふるふると振る女王陛下の金の髪が、顔の周りでふわりと舞う。
しかもどうやら彼女は、オリヴィエの最後に言った言葉を廊下で聞いていたようだった。
顔を歪めると、女王陛下は身を翻して廊下を走り出した。
「アンジェリーク!」
オリヴィエは思わず彼女を追って廊下へ足を踏み出した。
白とピンクと金、女王のドレスの裾が、宮殿の廊下を曲がって奥へと消える。
その先は女王宮。普段宮殿に出仕している守護聖たちでさえ、
滅多には足を踏み入れない場所である。
「アンジェリーク、お待ちよ」
オリヴィエの声に耳を貸さず、アンジェリークは女王宮の奥へと足を進めた。
追ってはいけない。そう胸には上るが、オリヴィエも足を止める事が出来なかった。
女王の執務室の扉をアンジェリークは開けた。オリヴィエの手がドアを掴んだので、
扉を閉める事が出来ずアンジェリークは奥へと駆け入った。
オリヴィエに背を向けたまま、アンジェリークのいからせた肩が震えるのが見え、
彼は中へと足を踏み入れた。後ろでドアがゆっくりと閉まった。
「アンジェリーク、誤解だよ」
「分かってます。そんなこと」
肩だけでなく、彼女の声も震えている。
「だけどそれでも、オリヴィエ様が他の人に触れるのは、イヤなんです。
それに、わたしの休みの日に、聖地にいたくない、って」
オリヴィエは胸が苦しくなったが、それ以上アンジェリークへ近付けなかった。
「好きだよ。アンジェリーク。私が好きなのは、アンタだけだよ。
アンタだって、知ってるだろう?」
近付いたらダメなのに。
それでも告げてしまう言葉。
アンジェリークはくるりと振り向くと、
あっという間に二人の間の距離を飛び越え、オリヴィエの胸へとその身を投げ出した。
「わたしも……! オリヴィエ様が大好き」
濡れた頬をそのままで、
アンジェリークはオリヴィエの首に両腕を伸ばし、背伸びしてキスをねだった。
オリヴィエはアンジェリークの唇へ小さなくちづけをひとつ落としたが、
緩々と首を振る。たくさんの色に彩られた長い髪が、
アンジェリークの頬をくすぐって肩へ落ちた。
「好きだよ。でもダメなんだよ」
「どうして? 何がダメなんですか?」
首を振るオリヴィエの唇を、
アンジェリークの唇が追う。オリヴィエはアンジェリークの体を避けようとし、
その拍子に二人とも足が縺れたまま横にあったソファーへと倒れこんだ。
「オリヴィエ様……いっしょにいるの、嫌?
もうわたしのこと、欲しくない、んですか?」
潤んだ瞳のまま、アンジェリークがオリヴィエの上に体を重ねて聞く。
「そんな事、ある訳ないじゃないか。私はいつだってアンタが」
その言葉通り、彼自身がアンジェリークの下で欲望を示して起き上がる。
「わたしも。オリヴィエ様が欲しいです。すごくすごく」
アンジェリークの指が、オリヴィエの執務服の腰周りの布をかき分け、
彼へと触れた。
「……アッ」
途端に彼の腰が跳ねるように反応し、
アンジェリークは宝物を扱うかのように、そっと、それへ手を添わせた。
「アンジェ……! だ……め、だったら。それに、こんな、トコで」
アンジェリークの指が少し動いただけで、オリヴィエの息が余裕をなくして速くなる。
アンジェリークの息もまた、あがっていた。
どんどん加速していく熱はオリヴィエを苛み、彼は目の前が白く霞んでくるように感じた。
それでもまだオリヴィエはシャラシャラと耳飾りを鳴らしながら首を振り、
うわ言のように言葉を零した。
「あ……あ、だめだよ……アンジェリーク」
アンジェリークに対する時はいつも余裕たっぷりなオリヴィエが、
今日は追い詰められた声を隠すことも出来なかった。
自然アンジェリークもそれに煽られ、彼への愛撫を続けたまま、首を振った。
「わたしもだめです、もう。だって……」
煽られてうつった熱が、いつになく彼女を大胆にさせる。
アンジェリークのもう片方の手は、オリヴィエの手をドレスの中の彼女へと導いた。
ショーツが用を成さぬほど既に彼女が潤っているのを知り、
オリヴィエは体を震わせた。
愛しい少女の濡れた声に、オリヴィエの最後の頸木が外された。
「ずっと欲しかった。オリヴィエ様……お願い。いまここで、して」
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