お気に入りのミネラルウォーターを2本と、煙草を1カートン。



シャマルがそれをレジに持っていって
履き古したジーンズのポケットから小銭を出して払っている。

後ろから「これも」と言って新発売だというチョコを出した。

今日十代目が「これすごいおいしかったんだよ!」と
わざわざおすすめして下さったものだ。
きちんと吟味して、感想を言わなければならないだろう。

急に追加されたそれに
シャマルは少し目を眇めただけで、黙って払った。

もちろん釣りや袋を受け取るときに
レジの若い女に愛想を振ることを忘れない。

それを放って先にコンビニの外に出る。


「さみ」

冬の夜中は寒い。
黒いダウンジャケットを着ていても
首にぐるぐるとニットのマフラーを巻いていても風はどこからか入る。

頬は寒いと言うよりむしろ痛くて、
鼻が赤くなって間抜けに映らないように
手で風除けを作って顎から鼻まで覆った。


「また来るねマミちゃーん」

自動ドアが開く音とともにバカな声がした。
いやらしく細められた目や、
玄関の蛍光灯に照らされて影が出きる長い睫毛、
レジの茶髪女の頬に染まった姿なんかを見たくなくて
あえてシャマルに気づかない振りをしていた。

そのまま家の方向に向かってヤツを待たずに歩き出す。


「ハヤト、そんな急いで寒い外に出ることもないだろ」

少し笑いを含んだ声で隣に並ぶ気配がした。
それでもまだ俺はシャマルを見てやらない。


俺側の手で持っているビニール袋がかさかさと揺れて音が出る。

ダウンジャケットのポケットに両手を突っ込んでいるけれど、
ちっともあったかくなりゃしない。
ちらりと横目で、シャマルの手を見てみると、
ジーンズに親指だけ突っ込んで歩いていた。


(別に、暖をとるためだし…。)

つるつるとした感触のポケットの中で、
手をもう一度握りなおした。
やっぱりつめたい。

(さむいから、しょうがないっていうか)


「シャマル、」


いつもなら聞こえるかどうかわからない程度の声で言ったのに、
夜道はおそろしいくらいに静かでその声は響いてしまった。
「あ?」シャマルのいかにも適当に出しました、って声も響いた。


「ビニール袋ちょっと貸せ」

「そんなにこのチョコ食べたかったのか。」

「ちげえよ」


チョコを探しているのか俺に袋を渡さずに
その場に立ち止まってビニール袋のなかをあさろうとしている。

ちげえよバカが。
声に出さずにビニール袋をシャマルの手から取る。

それを自分の右手に持ち変えて、
今までビニール袋を持っていたシャマルの手を
俺の左手で掴んだ。


「つめて」

そのひやりとした感触に思わず眉をひそめる。
自分より大きな手のひらを握りなおすと、
冷たいのは変わらないのにどこか安心する自分に気づいた。

ぽかんとこっちを見ているシャマルの視線から逃げたくて、
そのままその手を引っ張って歩き出す。


「はーそっか」

しばらくすると、シャマルが急に声を出したので
条件反射でそっちを見てしまう。
シャマルは顎の無精髭をじょりじょり撫でながら俺を眺めている。

あ、コンビニを出てから初めて目が合った。


「愛しの俺と手が繋ぎたかったわけかー」

「…手がつめたかったからだよ」


ふっと自分の口元が笑いの形を作ったのがわかった。

(バカ、)と口の動きだけで付け加えると、
シャマルはそのやらしい笑みを一層深くした。






3℃

そして俺の右手にあるビニール袋を取る動作の途中で、 そのかさついた厚い唇でさりげなく俺にキスをした。 夜道の蛍光灯で、シャマルの少し赤くなった頬に 睫毛の影ができているのを、 その目がいつも通りやらしく細められているのを 誰よりも何よりも近くで見た。

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