悪魔的紳士~時には優しく、たおやかに


「何を考えているの、一八?」
純白の衣装ーウェディングドレスに身を包んだ準は、隣にいた、こちらも純白のタキシードに身を包んでいる一八に尋ねた。
6月下旬のある日曜日。梅雨の最中だというのに、今日はめずらしく晴れ渡っている。青い空からさしてくる日差しは強く、夏がもう、すぐそこまで来ている事を示していた。
三島財閥が所有しているホテルの一つ、三島グランドホテルの鳳凰の間の扉の前に二人はいた。扉の中から、大勢の人の話し声が聞こえてくる。あと3分で、二人はそれらの人々の前に出て行く事となる。 ドアの前では、ドアボーイ達が時間になったらすぐに開けられるようにと緊張した面持ちで待機していた。
今日は二人の結婚式だった。結婚式は身内や親しい友人の間だけで、ごく内輪に、ささやかに行いたいと思っていた準だったが、一八の父であり、三島財閥の当主でもある平八はそれを許さなかった。派手好きでもある彼の提案により、こうしてホテルでの挙式となった。 招待客もかなり多い。
今日は二人の新しい門出となる。その第一歩ろなるのがこの扉だ。その扉の前に立った時、一八がふと遠い目をした。だから準は冒頭の質問をしたのである。
「いや・・・たいした事ではない。お前と初めて会った時を思い出していたんだ。」
「私と・・・?」
「ああ、そうだ。」
そう言って一八は感慨深そうに目を閉じた。その言葉を聞き、準も過去へと想いをはせる。

二人の出会いは劇的ではあったが、ロマンティックとはかけ離れていた。
準は怪我をしたイルカの手当てをして、海に帰す所だった。イルカが一声鳴き、あいさつをするように尾を振って泳ぎ出し、準がそれに手を振った時。
いきなりイルカの体が引き裂かれ、そこに男の姿が現れた。
それが一八だった。
なぜイルカを殺したの、と悲痛な声で問い質す準に対し、一八が答えたのは「そこにいて邪魔だったからだ」という一言だった。
もちろん、自然愛護、動物愛護を掲げている彼女が、そんな言葉で納得できるはずがなかった。なおもしつこく問い質す彼女をうるさがった一八は、彼女の体を引き倒し馬乗りになり首を絞めながら言った。「それ以上うるさくすると殺すぞ」、と。
驚きと苦しさで黙った彼女をそのままにして、一八は去っていった。

それから準は一八の事を片時も忘れなかった。イルカの敵、という事もあったし、殺されそうになったから、という事もあったが、理由はそれだけではなかった。
彼女は彼に恋しているんだと気付くのにそう時間はかからなかった。
あんな目にあったのになぜ、と自問自答しない日はなかった。
憎むべき相手であるはずなのに、なぜ正反対の気持ちを持つのか。その答えは分からず、自分自身の気持ちにも半信半疑のまま時を過ごした。

そして鉄拳大会で一八に再開した時、準は自分の気持ちをはっきりと確認した。
自分はどうしようもなくこの男に惹かれているんだと。
こんな残虐非道で冷徹で、思いやりや優しさのかけらもないような、悪魔的な笑いをし、実際にデビルという異形の者に変身してしまうような男の事を愛していると。
一八の方も気持ちは同じだったらしい。あんな女、と思いつつも忘れられなかったと、後に彼は準に語っている。
これは、もう運命としか言いようがないであろう。
そして、鉄拳大会の後、二人は自分の気持ちを信じられないながらも結ばれた。
それから二人は幾ばくかの期間の付き合いの後、こうして今日挙式となったのである。

結婚するという今になっても準は一八のどんな所が好きなのか、と聞かれても答えられない。それは一八の方も同じかもしれない。でも、と準は思う。人を好きになるのに、理由なんていらないかもしれない、と。
「ねえ、一八」
「なんだ?」
一八は目を開け準を見る。式が始まる時間まで残り一分となっていた。
「私達、今日から夫婦になるのよね?」
「ああ、そうだ」
「私の事、好き?」
一八は臆面もなく即答した。
「ああ、もちろんさ。愛しているよ。」
その言葉に意外に思いながらも準は言った。
「じゃあ、ずっと一緒にいてくれるわよね」
「当たり前さ。俺達はもう運命共同体だ。頼まれたって離れてなんかやらない。」
次の瞬間、彼女は準の体を抱き寄せ、すばやくキスをする。扉の側にいたドアボーイ達が目を丸くしている。
「これが誓いの印さ」
キザにそう言い放つ一八に対し、準は赤くなりながらうつむき、次に上目遣いに一八を見上げた。
「・・・約束だからね。」
「ああ・・・約束さ。」
そして、準の方からもそっと一八にキスをした・・・・

「時間です」
ドアボーイ二人が両開きの扉を開ける。中から割れんばかりの拍手が響く。
準は一八の腕に自分の腕をからませ、入場していった。

「ウソつき」

2000年9月27日脱稿

<コメント>
100番のキリ番を踏んだリクエストの小説です。
アンジェリーク並みのラブラブ一八×準、という事で結婚をテーマにしました。
結婚式の手順なんて知らないのでかなり適当です。
なかなかラブラブにならなかったのでラストの会話シーンを入れてみました。ほ~らこれでラブラブになったでしょう?(笑)
この話は昔読ませてもらった鉄拳少女マンガを元にしてますので、公式設定とはかなり違うと思います。私、鉄拳ってあまり詳しくないので。
ここでのポイントはラストの「ウソつき」ですね。これが一番書きたかったんです。意味は読んだ方の解釈に任せます。
これ、書いてて楽しかったです。


あれからもう何年経ったか、懐かしいね。無理言って悪魔的紳士を貰いました。
見紛う事ない一八×準のラブラブぶりを有難う。soyukoさん忙しいところ有難う。
2010.04.02


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