魔王的子息~時には熱くゆるやかに


「何を考えているんだ、親父?」
温泉旅館の名前の入った浴衣を着た一八は、同じ温泉旅館の名前の入った浴衣を着た平八 に怒気荒く詰め寄った。

7月上旬のある日。梅雨もそろそろ終わりだんだんと暑くなっていくばかりである。雲の 間から差し込んでくる光はまぶしく、夏はもうすぐそこまで来ていた。
ここは某温泉地の某温泉旅館。まだシーズンには早いというのに結構な人で賑わってい る。
結婚式を終えた後、一八と準はこの温泉地に新婚旅行に来ていた。
もちろん、派手好きの一八の事、新婚旅行だってこんなしけた温泉地ではなく、外国、し かも世界一周旅行くらい行きたかった。が、元々派手好きではない上に、あまり欲深くも ない準が、外国に行く事を嫌がった。
「日本にだっていい所はあるわ」というのが彼 女の言い分だった。
「温泉に行きたい」という彼女のたっての頼みで一八は色々と試行錯誤した結果、この場 所を選んだ。
準も喜んでいるようだし、とりあえず今は温泉地でもいいだろう、外国 旅行はまた日を改めて行けばいい、それに外国だろうが温泉だろうが新婚旅行でやる事は 同じだからな・・と一八も納得した。
電車を乗り継ぎ(旅の醍醐味は電車よ、と準が言った)駅からはバスに揺られてそれから 宿に着く。
こればっかりは譲らなかった一八の意見で部屋は一番良い部屋だ。窓から の眺めは絶景である。
「わぁ、見て一八。山がすっごく綺麗よ」
感激する準を見る一八の表情はまんざらでもなさそうだ。
「ああ、でも、さすがに何時間も電車やバスに乗ってたら疲れたわね~」
肩をこきこきならしながら準が言う。きゅぴーんと目を光らせ待ってましたとばかりに一 八は、
「それなら温泉に入りに行こうぜ」
と鼻息荒くのたまった。
「そうね。せっかく温泉に来たんだもの。入らなくちゃ損よね。」
一八の言葉に準もにこやかに応じる。
一八がここの宿を選んだのには理由があった。ここの露天風呂は混浴だったのだ。
なんとか理由をつけて準と一緒に混浴風呂に入る。それが今回の旅の一八の目的だった。
「あら、色々種類があるみたいね。ドラム缶風呂、檜風呂、大理石風呂、ジャングル風呂 なんていうのもあるのね。」
部屋に置いてあるパンフレットを眺めながら準がぶつぶつと呟いている。一八はその背後 に近寄り、明日の天気でも尋ねるような気持ちで声をかけた。
「やっぱり景色を楽しむには、露天風呂がいいんじゃねぇか?」
思いっきり棒読みだった。自分の企みがばれるのではないかと内心ひやひやする。嫌な汗 が頬を伝った。
「露天風呂?」
準がパンフレットの文字を追う。
「あ、露天風呂もあるのね。気付かなかったわ。う~ん、ドラム缶風呂も捨てがたいと 思っていたけど、あなたの言う通り景色を楽しむなら、確かに露天風呂がいいかもね。場 所も私達の部屋から近いみたいだし。よし、とりあえず露天風呂にしましょう。ドラム缶 風呂はまた後でいいわ」
自分の企みなど準は全く気付かなかったらしい。事が上手く進んで一八はほくそえむ。
よし、これで準と露天風呂であんな事やそんな事をしてやる。
期待と妄想に胸はふくらむばかりであった。
「一八、何ぼ~っとしてるの?早く行きましょう」
お風呂セットを持った準が戸口の所から声をかける。
「おう」
一八は力強く頷いた。

同時刻。隣の部屋に二人の人影があった。
虎柄の上着をはおった老齢の男。頭の両側から角のように生えた白髪が印象的である。
眉目秀麗な銀髪の男性。女性に人気がありそうだが、その冷たい瞳に射るように見つめら れて平気な女性はそういないだろう。
三島平八と李超狼であった。
「ふむ。まんまと作戦通りに行動を起こすとは一八の奴もすみにおけないのぉ」
平八がしきりに頷くようにそう言えば、
「一八の野郎、準さんに不埒な事を・・・!」
李は切れていた。
この二人、いわゆるデバガメ、という奴である。
「どれ、じゃあワシ等も露天風呂に行くかのぉ」
ビデオカメラとデジカメを片手に平八がよっこらせと立ち上がる。
「あの、先ほどから気になっていたのですが、いったい総帥は何をしようとしているので すか?いまいち分からないのですが・・・」
李がおそるおそる聞く。密かに恋心を抱いていた準が一八と結婚してしまって李はくさっ ていた。平八から二人の後を尾けようと誘われ、二人の邪魔をできるかもしれないと、即 OKしたのだが。平八の方の目的は聞いていない。
電車の中でも平八はビデオカメラをまわし、デジカメで写真を撮っていた。
それに気配を殺した鉄拳衆がしきりに一八と準のツーショット写真を撮っていたのも気に かかる。
「いやいや、わしはただ、不肖のせがれと準さんの愛のめもりぃを記念に残しておきたい だけじゃよ」
ふぉっふぉっふぉっと笑いながら平八が言う。
(要するにただの嫌がらせなんだな・・・)
李はご機嫌な平八の後に続いて露天風呂へと向かった。

こういう事態は予測するべきだったかもしれない。一八は後悔した。
露天風呂は確かに混浴だった。が、当然の事水着着用だった。そこまではまぁ許せる。バ スタオルだろうが、水着だろうが、脱がせてしまえば後は同じなのだから。
が、もう1つ誤算があった。一八の頭の中には他人の存在というものが抜け落ちていた。
露天風呂はおばちゃんの集団に占拠されていた。
「あ~んら、じゃあ、お二人は新婚さんなんだっぺか?それで一緒に風呂だべか?」
「若い人はおアツクていいだっぺな。私なんて旦那と一緒に風呂なんか入った事ないっぺ な」
「奥さんの旦那、いい体してんじゃねぇか?うらやましいぺな?」
豊満なボディ(見方によってはセクシィとも言える)のおばちゃん達の質問攻撃は容赦な い。準はたじたじとなりながらも、きちんと応対している。一八は一人離れた所で湯に首 までつかっていた。
(てめぇらいいからとっとと出て行きやがれ!!)
そう怒鳴って暴れれば事は早いのだが、そうすると準が怒ってしまうので、できるものも できなくなってしまう。今の一八に出来る事はただ黙ってじっとしている事だけだった。

「ふむ。一八もまだまだ未熟よの。おばちゃん連中くらい追い払えないようでは真の三島 流の使い手にはまだ遠いぞ」
望遠モードで二人の様子を眺めていた平八が呟く。
「おばちゃん連中は一筋縄では行かないですよ」
何か過去に苦い経験でもあるのか、李がうんうんと頷きながら言う。
「ワシも昔はマダムキラーと呼ばれたものよのぉ」
遠い目をしながら平八が呟く。李は絶対嘘だと思ったがあえて突っ込まなかった。

(ああ、もう誰でもいいからこの状況をなんとかしてくれ)
おばちゃん達の存在に一八は段々耐えられなくなってきた。ここで暴れては元も子もない が段々理性が飛んでしまいそうになる。ちなみに混浴ではあるが男は一八1人だけだっ た。
デビル化してしまいそうになった時。天の助けは来た。
がらっ。
露天風呂へと通じるドアを開け、歯切れのいいオバちゃんの声が通る。
「ちょっとあんたら、なに風呂なんさ入ってのんびりしてんだっぺ?今から夕食の時間 だっぺ。食べ放題なんだから来ないと損だべや」
「ああ、もうそんな時間だべ?だったら行くべ。じゃ、お二人さん仲良くな」
「カニはあるっぺ?」
だばだばと巨体を揺らしながらおばちゃん達はざばざばと上がっていった。後には一八と 準の二人だけ(正確には平八と李がいるのだが)
(よっしゃ)
心の中で一八はほくそえんだ。時間がかかったがついに望んでいた状況になった。
これからめくるめく二人の愛の時間が始まる。一八はそう確信した。が。
「ああ、長く入っていたらなんかのぼせちゃったわね。そろそろ上がりましょう、一八」
『なんでやねん!!』
3人のツッコミの声がはもった。・・・3人?
「てめぇ、親父、何してやがる!!それからそこにいるのは李だな?出てきやがれ!!」
デバガメしていた二人の存在に気付いた一八が、頭から湯気を出しながら呼びかけた。

「何を考えているんだ?親父?」
温泉旅館の名前の入った浴衣を着た一八は、同じ温泉旅館の名前の入った浴衣を着た平八 に怒気荒く詰め寄った。
準の「とりあえず着替えてから話をしましょう」という台詞により、風呂場での戦闘は回 避されたとはいえ、一八と平八の二人の間の一触即発的な雰囲気は消えていなかった。
「ワシはただ、お前と準さんの愛のめもりぃを記録しておいてやろうと思っただけじゃ。 それだけがgこのおいぼれの楽しみじゃからのぉ」
ごほごほとわざとらしく咳き込みながら平八が言う。
「ほ~おぉ?毎朝熊と相撲とってる人間がおいぼれとはね?日本語の意味も随分と変わっ たもんだな」
皮肉げに一八が言う。平八はわざとらしい咳を止めない。
「お前の魂胆は見え見えなんだからな。どうせ俺と準の仲を邪魔しにきたんだろ」
「そんな事はないぞ。ワシは可愛い息子と準さんの行く末を影ながら見守ろうとしてだな ・・」
「嘘もたいがいにしろ!!だいたい鉄拳衆まで使いやがって、何のつもりなんだ!!」
「なんじゃ、気づいておったのか。つまらないのぉ」
「あんなバレバレの気配の消し方じゃ、誰だって気づくだろ」
一八はぺっとつばを吐く。
「いいか、新婚旅行を邪魔した罪は重いからな。それ相応の覚悟をしろよ。親父だけでな く、李、お前も同罪だからな」
一八がデビルになろうと浴衣の前を広げた。が、その時。
「待って!!」
準の静止の声が響いた。
「なぜ止める、準!?こいつらは、俺らの新婚旅行を邪魔したんだぞ?それ相応の報いが あって当然じゃないか。」
「だからあなたはどうしていつも暴力に訴えようとするの。いいから少し黙ってて」
「・・・はい」
一八を手で押しとどめ、準は平八に向き直った。
「お父様、一八さんの事を心配する気持ちは分かりますが、彼はもう立派な大人です。」
立派か・・?と、その場にいる全員(一八、平八、李)が心の中で思ったが、誰もツッコ ミを入れなかった。
「いつも監視してるのでは彼も窮屈に感じるでしょう。そろそろ子離れしてみてはいかが ですか?」
「いや、子離れはとうにしてますわい。ただ単にセガレをからかってやりたかっただけな のじゃが・・・」
ついつい本音を語ってしまう平八。その言葉に一八がまた暴走しかけるが、準が片手で押 しとどめる。
「それに私も・・・」
ここでポッと頬を赤く染める準。
「一八さんと二人きりでいたいんですvvですから、くれぐれも邪魔はしないでいただきた いんです」
にっこりと微笑みながら続ける。一同、あんぐりと口を開けたまましばらく立ち直れな かった。
一番最初に立ち直ったのは一八だった。
「準、二人きりになりたいなら、さっさと言ってくれればよかったものを。親父や李や鉄 拳衆など一瞬で消し去ってやったのに」
準の肩に手などかけつつ語る一八。
「それをされたくないから黙ってたのよ」
はにかみながら続ける準。
「なるほど。そういう事なら老いぼれは去りますわい。おい、お前たちも帰るぞ」
まだ放心したままぶつぶつ呟く李を引きずり、鉄拳衆に声をかけ、平八は立ち去った。
「嘘だ・・・準さんまで一八の事を好きなんて・・・これはなにかの間違いだ・・・」

その夜は熱かった。一八はやさしかったらしい。

「行くの・・?」
上半身をシーツで隠した準が、布団から起き上がり一八を上目遣いで見つめていた。
「起きてたのか・・?」
それとも起こしてしまったのかと一八はあわてる。
「あなたの寝顔見てたら朝になっちゃって・・・ふふっ・・・寝顔は可愛かったわよ」
くすくす笑いながら言う準に一八は少し頬を赤くする。
「どうしても行ってしまうの?」
「ああ・・・決着は着けなければならない」
「そう・・・気をつけてね」
「ああ、絶対朝飯までには戻ってくるさ」
部屋を出て行く一八の背中を準は見送った。それから乱れた浴衣を着なおし、もう一度眠 りにつく。
早朝の遠く離れた遊技場からピンポン玉が激しく跳ねまわる音が聞こえてきた。
「うりゃあ、俺の魔球を受けてみろ!!」
ばしっ
「まだまだぁ、若いもんには負けん!!」
すこーん
「くっ変化球か!?汚ねぇぞ親父!!」
すかっ。てーん、てん、てん。
「ふはははは。力ばかりで技の1つもないのでは、準さんも喜ばんぞ」
ごがっ
「どういう意味だ!!?」

2001年6月26日脱稿


《終》


マユヲさんのサイトの300番ヒット記念キリバン小説です。
こんなものでもよかったらもらってね、マユヲさん。
李の名前が分からなくてわざわざネットで調べました。たった一箇所の記述のためにね。
李が準に横恋慕してるって設定にしちゃったけどいいのかな?(どきどき)
しかも李が平八の事をなんて呼んでいるか知らないから、適当にしてしまったし。
新婚旅行が温泉というのはおかしいと思うでしょうが、うちの両親の新婚旅行は伊勢神宮 (日帰り)だったそうです。だからこういうのもアリでしょう。


私が以前やってた『準備室の電磁波』ってサイトで。自らキリ番を踏んだ私は友人のそゆ子君に「鉄拳書いてぇ!!!一八×準!!!」と泣いて縋って血を流しながら懇願したら。そゆ子君は見事、見事な領解…私の期待に応えてくれましたぁっ!!!有難うっ!!!
当時は死ぬ程鉄拳にハマっていたので、めっちゃ嬉しくて何度も読んでしまいました。あの二人の新婚 旅行って所が先ずウケて、んで平八が李と写真撮りまくりで、一八の企みで混浴に浸かるが…まぁ旨くいく筈も無く、まぁ大人な内容もあり、止めが卓球かよっ!!!
こんな面白い文章を有難う、そゆ子君。また鉄拳書いてくれても大歓迎よ?


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