惑わせないでイノセント・ボーイ 「グレミオ、お前シチューの他に得意料理はないのか?」 事の発端は坊ちゃんのこの一言だった。 いつもの夕暮れ、夕食どき。 トラン共和国の首都、グレッグミンスターでも例にもれず、どの家からも美味しそうな匂いが流れてきていた。 それはここ、マクドール家でも同じ事。坊ちゃんに付き合っての放浪の旅から一時帰国しているグレミオが、一生懸命に夕食を作っていた。 今日のメニューはお得意の特製シチューにバターロール、グリーンサラダにフルーツである。 夕食の時間が近づき、階下に降りてきた坊ちゃんが台所をのぞく。 「あ、坊ちゃん、もうすぐ夕飯ができますからね。少し待っていて下さいね」 きゅうりを切っていたグレミオが振り向いてにこやかに話す。坊ちゃんはそれに対し、明らかに不機嫌そうな顔をし、ぼそっとつぶやいた。 「またシチューか・・・・」 「ぼ、ぼ、ぼっちゃん、今のはどういう意味ですか?グレミオの作るシチューはまずいですか??あーなんていう事なんでしょう。このグレミオ、いつのまにかシチューの腕が落ちていたなんて・・・!!」 「いや、そうじゃなくてさ」 包丁ときゅうりを投げ出し、あわてふためくグレミオに対し、坊ちゃんが冷静に突っ込む。 「あーそうですかーはー安心しました」 ほっと一息つき、放り出したきゅうりと包丁を拾いによっこらしょとしゃがむグレミオ。ああ、もうこのきゅうりは食べられませんね、となげくグレミオの背中に、坊ちゃんは冷たく言い放った。 「いくら美味しくても毎日シチューだと飽きるんだけど」 きゅうりを拾おうと手をのばしたまま固まるグレミオ。 「だってそうだろ?こっちに帰ってきてから毎日シチューばっかり。同盟軍のリーダーに協力する時も、夕飯までには帰ってこいって言うしさ。あっちのレストランで食事してこようにもできやしない」 グレミオの背中がぷるぷると震え出す。 「グレミオ、お前シチューの他に、得意料理はないのか?」 「もう、分かりましたぁ~坊ちゃん!!」 グレミオはいきなりがばっと立ち上がった。目は涙でうるうるしている。 「坊ちゃんのためならたとえ火の中水の中。この不肖グレミオ、坊ちゃんのためにシチュー以外の得意料理をつくるため、料理修行の旅に出てきます!!」 滝のような涙を流しながら、グレミオは着のみ着のまま嵐のように去っていった。坊ちゃんがぱたぱたとハンカチを振る。おい、今日の夕飯は!?とパーンが叫んだが、坊ちゃんの事しか考えていないグレミオの耳には入らなかった。 それからグレミオの料理修行の旅が始まった。 東に天才料理人がいると聞けば行って教えをこうてみたり、 西に趣味が高じて料理研究家になった主婦がいれば行って話を聞いてみたり、 北に伝説のレシピがあると聞けば行ってレシピを盗んできたり、 南に全国一万店舗の牛丼屋があれば連日通って味を覚えてみたり。 黒龍料理会という所にも行ってみた。弟子は取らんと言われたが、強引に頼み込んで一日だけ体験入学させてもらった。曲芸ばかりが上手くなった。 同盟軍にも行ってみた。ナナミという同盟軍リーダーの姉に、「料理は真心よ!薬草よ!!だって体にいいんだもの!!」と言われ、色々レシピを教わったが、びっくり料理のレシピが増えただけだった。 坊ちゃんが行ってみたいと言っていた同盟軍本拠地のレストランにも行ってみた。ハイ・ヨーという料理人に「私は弟子をとるほど偉くはないヨー」と言われつつ、強引に頼み込んでバイトさせてもらった。グレミオの手並みを一目みただけでハイ・ヨーは「私はあなたに教える事なんてもうないヨー」と言ったが、グレミオは納得しなかった。しつこくねばって、ハイ・ヨーの色々なレシピ取得した。 この修行の旅の間、グレミオは一回もグレッグミンスターに帰らなかったわけではない。 何か成果があるたびにグレミオは一度家に戻り、坊ちゃんに料理を作ってみるのだった。 でもそのたびに坊ちゃんは食べ終わっても何も言わずにはしを置き、部屋へと戻っていく。料理は全部食べていくのだけれど。 グレミオはそのたびに、自分はまだまだなのだと思い、いったんは落ち込むのだが決意を新たにし、修行の旅へと出かけていくのだった。 ハイ・ヨーに教えられた最後のレシピ、「まんがんぜんせき」を手に、グレミオは戻ってきた。もうこれ以上教えることはないと言われたのだ。また、もうハイ・ヨー以外に教えてもらう人もいない。 この究極のレシピなら、きっと坊ちゃんは満足してくれる。グレミオの胸は期待にふくらんだ。 いつもの夕暮れ、夕食どき。 「坊ちゃ~ん、皆さ~ん、ごはんですよ~~」 グレミオの明るい声が家中にひびく。食事に集う家人達。その中に坊ちゃんの顔を見つけて、久し振りの再会を「坊ちゃ~ん、ただ今帰りました~」とか言いながら、抱きしめあって喜びたいグレミオだが、今は審判の時の前なのでじっとがまんする。 「おぉ、今日はものすごく豪勢だな。何かの祝いか?」 パーンが嬉しそうに言う。 「本当だね。こんなごちそう、初めて見たよ。」 クレオが驚いたように言う。グレミオは坊ちゃんに何かのリアクションを期待したが、、坊ちゃんは料理をちらっと見ただけで黙って席につく。がっくりとうなだれるグレミオ。 「いただきます」 食事が始まった。パーンやクレオはうまい、おいしいと食べてくれるが、肝心の坊ちゃんは何の反応も示してくれない。ちらちらと坊ちゃんの方を見ながら料理を口に運び、そわそわとして落ち着かない。それを見たクレオがグレミオに、食事くらい落ち着いてしろ、と言うがグレミオは落ち着くことができない。 なんせ、今日の料理で、今自分の持っている手札は全て出してしまったのだ。これ以上と言われても、グレミオにはどうする事も出来ない。 実はナナミのびっくり料理も出してみた事があるのだが、坊ちゃんは一口食べただけで止めてしまった。当然だが。 ああ、そして今日も坊ちゃんは食べ終わると何も言わずに席を立ち、部屋へ戻ろうとする。グレミオは絶望的な気分になり、たまらず叫んだ。 「坊ちゃん!!グレミオの料理の何がいけないんですか!!?」 悲痛な叫びだった。だが食堂の扉の所にいた坊ちゃんはふりむきながらこう答えた。 「何が?」 「何がって・・・・坊ちゃん言ったじゃないですか!!グレミオの料理に飽きたって・・・・!!だから私は世界中を料理修行の旅をして、ようやく、ようやく、最終奥義を手に入れたのに・・・!!」 最終奥義とはまた強気に出たものだが、坊ちゃんのつれない態度にグレミオは悲しくなる。 これまでしてきた修行の旅はムダだったのか。ああ、それよりも坊ちゃんの期待に答えられなかった自分が悔しい。思わず食堂の床にしゃがみこんでしまう。 「ああ・・・・その事か・・・」 グレミオの気持ちに対し、坊ちゃんはそっけなく答える。 「べつにグレミオの料理に飽きたわけじゃないよ。ただ、毎日シチューばかりだと飽きると言っただけで」 スタスタと食堂の中に戻ってきて、グレミオの前にしゃがみ、彼と視線を合わせる。 「それに最近は毎回料理が違っていて、変化があって面白かったし」 「じゃあ、じゃあ、なんで言ってくれなかったんですか!!?グレミオは、これじゃいけないと思って、何度も厳しいたびに出たりして・・・おいしいならおいしいと言ってくれれば・・・!!」 えぐえぐと泣くグレミオ。 「いや、言わなくても伝わってると思って。」 「言われなきゃ分かりません!!」 涙を流しながらきっぱりと力説するグレミオ。しょうがないな、と坊ちゃんは首をふり、まるで愛の告白みたいだな、とぼやきつつ、天使のような極上の笑みを浮かべ、言った。 「グレミオの料理は世界一おいしいよ」 「坊ちゃあ~ん!!」 感極まったグレミオは、うれし泣きしながら坊ちゃんに飛びついた。ウェイトの軽い坊ちゃんはその衝動で後ろに倒れそうになるが、グレミオがしっかりと支える。 「だからって、毎日同じメニュー作るなよ?」 「はいぃ、分かってます、坊ちゃん」 「今度の修行の旅でレシピも増えたし、大丈夫だよな?」 「はいぃ、もちろんです、坊ちゃん」 「ところで、そろそろ離してもらいたいんだけど?」 「それはムリですぅ、坊ちゃん」 迷惑そうにしている坊ちゃんにぐりぐりと頬ずりしながら、グレミオは坊ちゃんのセリフ一つ一つにうなづく。 後ろでは、パーンとクレオが苦笑しながら、皿を片付け始めていた。 いつもの夕暮れ、夕食どき。 トラン共和国の首都、グレッグミンスターでも例にもれず、どの家からも美味しそうな匂いが流れてきていた。 それはここ、マクドール家でも同じ事。坊ちゃんに認めてもらっていたと分かったグレミオが、楽しそうに夕食を作っていた。 台所の入口に気配がした。振り向くと坊ちゃんが立っている。 「あ、坊ちゃん、もうすぐ夕飯ができますからね。少し待っていて下さいね。・・・おや、どうしたんですか!?小刻みに震えていますよ?はっ!!まさか!!!悪い病気なんでは!?大変です!!至急リュウカン先生に・・・」 「だから毎日シチューは止めろと言っただろうが!!!」 坊ちゃんの棍がグレミオの頭に炸裂した。 2000年11月8日脱稿 《終》 まゆをさんからの600番キリバンリクエスト小説です。 坊ちゃんもグレミオも壊れてます。ああ、坊ちゃんファン、グレミオファン、石を投げないでください。 とても楽しく書かせていただきました。レポートやってる最中に何やってるの自分。 タイトルは某人気ゲームのドラマCDのパロです(そのままやん、という声も) 『金魚倶楽部』でやってたキリ番リクエスト企画で、『準備室の電磁波』時代に頂いた物です。 坊ちゃん…数年前はめっちゃ好きでつい坊ちゃんとグレミオの料理ネタを依頼したのです。んで、そゆ子君は私の希望に見事応えてくれました。 上記で「レポート」とか言ってるそゆ子君に、時間の流れを感じました。2002年現在の彼女はもうりっぱに社会人ですなぁ… |