5. 不二とリョーマが真剣勝負をしている頃。 離れたテーブルでは桃城と菊丸がバイキング形式の料理に舌鼓を打っていた。 「あ~食べたい物食べられるって幸せ~~~~」 菊丸が嬉しそうにエビフライを山ほど皿に取った。 桃城は苦笑しながら隣のローストチキンを皿に取る。 「英二先輩ん家、大家族ですもんね」 「そーそー、いっつも食べ物は争奪戦。俺って一番下だから、小さい頃からいっつも兄ちゃん達に騙されて、ケーキとかも小さいのしかもらえなくて」 何か嫌な過去でも思い出したのか、菊丸が顔をしかめる。 桃城は笑いながら、ケーキを皿に2,3個取った。 それを菊丸に差し出す。 「んじゃ、その時の分も今日食べて下さいよ」 「ん、そうするよ。明日もケーキ、お腹いっぱい食えるけどね」 「あ、彼女の手作りケーキっスか?羨ましいっス」 桃城の言葉に菊丸はエビフライをくわえたまま、頭を左右に振った。 「うんにゃ。作るのは俺」 「・・・・・・英二先輩はそれで満足なんスか?」 「うん。だってヨーコ、卵割れないし」 「・・・・・・」 英二先輩の彼女って確か年上じゃなかったっけ? それなのに卵すら割れないのか? 桃城は疑問に思ったが、細かい事は気にしない事にした。 「そういえばいいんスか?今日彼女は?」 「あぁ、バイトだって」 「えぇ!?イブなのにバイトっスか?」 「うん。公文にイブは関係ないんだってさ。その代わり、明日は水曜でバイトないから会う事になってんの」 「へ~・・クリスマスは明日が本番スからね」 「そーそー。イブだけがクリスマスじゃないよ?」 3本目のエビフライを口に放り込みながら、菊丸はにやりと笑った。 「それに、姉ちゃんに頼んでプレゼントも買ってきてもらったし」 「は?自分で買わなかったんスか?」 「さすがの俺でもランジェリー売り場なんて恥ずかしくて行けないよ」 プレゼントにそんな物を選ぼうと思う時点で恥ずかしいと思います。 桃城はそう思ったが口には出さなかった。 「明日が本当に楽しみだよね~♪」 にししと笑った菊丸の目が驚きに見開かれる。 桃城は不思議に思い、彼の視線を追った。 赤いドレスを着た女の子がまっすぐに菊丸を目指してやってくる。 「あちゃあ~俺、修羅場にいたくないのに~」 菊丸がぶつぶつ呟きながらエビフライをつついた。 女の子は菊丸の隣に立つと、微笑んだ。 その顔は笑っているのに目が全然笑っていない。 最近本当に不二の笑い方に似てきたなぁと菊丸は思う。 「英二。周助知らない?」 「不二ならあっちで真剣勝負中」 「そ。ありがと」 菊丸の指差した人ごみを女の子は見つめた。 そしてにっこりと微笑むと、傍らのバッグから何かを取り出し、それを右手に握りしめると桃城と菊丸に会釈し去っていった。 彼女のつけていた香水の香りがほのかに漂う。 「誰っスか?今の」 「不二の彼女」 「え!?」 「やっぱりなぁ・・怒るよなぁ・・・でもなんで、ここにいるんだろ?」 遠ざかる赤いドレスを横目で見ながら、菊丸は皿の上にありったけの料理を載せた。 被害がここまで来る前に、この場から逃げようと思った。 不二の上げたロブを、リョーマは鋭いスマッシュで返す。 「ふふふ・・・越前、僕にスマッシュは通用しないって分かってるよね?」 不二は不敵に笑うと、羆落としの体勢に入る。 どこからか知らないが風が吹きぬけ、あの微妙に笑える効果(アニメ版)と共に、不二の羆落としが決まった。 両手を広げてリョーマに背中を見せている不二を見て、リョーマはほくそえむ。 ポケットをあさり、ボールを1個取り出した。 不二が羆落としで返したボールはリョーマの後方、コートで言うならライン上に落ちようとしているはずだが、そのボールを追いかけるような事はしない。 不二のボールを返す義務などない。 だって、これは喧嘩テニスなのだから。 喧嘩テニスにルールは無用である。 先ほどの手塚と跡部はテニスのルールを守って勝負をしていたようだが、リョーマはそこまで紳士的に事を進めようとは思わなかった。 勝負の世界に情けは無用である。 リョーマはにやりと笑い、未だに無防備に背中を見せる不二の後頭部にサーブを叩きつけようとした。 が。 両手広げて、同じポーズのまま固まっている不二の後頭部めがけて、何かがものすごい勢いで飛んでいった。 リョーマの放ったボールではない。 不二はカッと目を見開くと、その何かをラケットで弾こうとする。 が、ウェイトのあったそれは弾かれずに、逆に不二のラケットを弾いた。 カラカラ・・とラケットの転がる音がし、その何かも不二の足元にぼてっと落ちた。 カチカチに凍った新巻鮭(冷凍済)を見て、不二の瞳が驚きに見開かれる。 慌てて新巻鮭の飛んできた方向を見て、そこに居るはずのない人間を見て、不二は一瞬次の動作が遅れた。 そこにチャンスとばかりにリョーマのツイストサーブが繰り出される。 ボールが跳ね上がる前に、不二はそれを片手でぱしっと受け取った。 何かが空を切る音がして、慌ててその場をよける。 新巻鮭(冷凍済)を拾った女が、舌打ちをして、ざっと不二から距離をとった。 「侑子・・・なんでここに」 「私との約束をキャンセルして周助こそ何してんのよこんな所で」 新巻鮭(冷凍済)を上段に構えながら、赤いドレスを着た女の子は不二をにらみつけた。 不二はいつもの笑顔を浮かべずに、鋭い目で女の子を見ている。 「僕はパーティに招待されたんだよ」 「嘘おっしゃい。最初、景吾の罠に引っかかってたじゃない。ちゃんと見てたわよ」 「景吾?君、跡部と知り合いなの?」 「・・・・昔からの、腐れ縁よ・・・・」 不二からイブの夜の予定をキャンセルされて、暇になった彼女は、たまたま招待されていた跡部のパーティに来る気になったのだった。 跡部からは毎年このパーティの招待を受けているが、最近では来た事はほとんどなかった。 暇つぶしになればいいとだけ思っていたけれど、まさか、約束を破られた相手がこのパーティに来ていたとは。 「この間の決着・・・まだ着けてなかったわよね?」 「今ここでやるの?・・・・望む所だよ」 二人の男女の間に不穏な空気が流れた。 不二はラケットを構えなおし、女の子は新巻鮭(冷凍済)を振りかぶる。 「これ、さっき冷凍庫からかっぱらってきたから、この間より硬度も増しててかなり強力よ?逃げるなら今のうちよ」 「逃げる?この僕が?・・・ふふふ、笑わせないでよね」 険悪な会話を交わすカップルから距離をとるようにして、周りをギャラリーが新たに囲んでいた。 どちらが勝つか賭けようとしている連中までいる。 勝負は明らかにリョーマの手から離れたと知り、リョーマはチャンスとばかりにその場を後にした。 いつの間にかどこかへ行ってしまった桜乃を探さなければならない。 リョーマの後ろで新巻鮭(冷凍済)とラケットの打ち合う音が大きく響き、観衆のどよめきが大きくなった。 バルコニーの向こうには、クリスマスイルミネーションが輝いていた。 庭全体を使い、たくさんの電球をふんだんに使って豪華に飾られたイルミネーションは、今の桜乃の心を明るく照らしてはくれなかった。 はぁ・・と、桜乃は今日何度目か分からないため息をついた。 ドレス1枚で屋外にいるのは寒いけれど、今の彼女はそれほど寒さを感じていなかった。 せっかくのイブなのに。 せっかくのパーティなのに。 どうしていつも、こうなっちゃうんだろう? 桜乃はただ皆でパーティを楽しみたかっただけなのに。 気が付くと、いつも周りで誰かと誰かが争っている。 桜乃自身に罪はないのだけれど、彼女はその事で小さな胸を痛めていた。 人が争うのは見たくないのに。 「ここにいたんだ」 後ろから声がして、桜乃の肩にふわりとブルーのストールがかけられる。 息を乱してリョーマが立っていた。 その額には汗が光っている。 さっき不二と対決していた時には余裕の表情をしていたのに、桜乃を探す為に邸内をかなり走り回ったらしい。 それもそのはず、桜乃はその方向音痴さを発揮して、パーティ会場のある建物から別の建物へと入り込んでいた。 その建物は跡部家に大勢の客人がある時に客を泊めるホテルと化す。 どの部屋からも見えるように配置された庭が特徴だった。 中でも最上階の一番奥から出られるバルコニーから見られる景色は絶景だった。 イルミネーションにひかれて奥に入り込んでいるうちに、桜乃はここまで来てしまったのだが。 桜乃の隣にリョーマは立ち、バルコニーの縁に頬杖をつき、イルミネーションを眺める。 桜乃は黙ってうつむき、体を包むようにショールの前をかき合わせた。 そういえば、とリョーマは思う。 ゾンビだ、跡部だ、不二だ、とばたばたしていて、せっかくの桜乃のドレス姿を見ていない。 ピンクのチューリップをイメージしたというそのドレス姿。 ショールなんてかけなければよかったと、リョーマは思った。 桜乃のドレス姿をまだ堪能していないのだから。 桜乃に向き直り、黙ってショールをはずそうとしたリョーマの手は、桜乃の右手に拒まれる。 桜乃は瞳いっぱいに涙をためて、リョーマを見つめた。 「どうして、いつも喧嘩するの?」 桜乃の問いにリョーマは答えられなかった。 彼女の意図する事が分からなかったから。 「どうして、いつも跡部先輩や不二先輩といがみ合ってるの?私、もう人が争うのを見るのは嫌・・・」 そう言って桜乃はさめざめと泣き出した。 リョーマはその肩を抱いて顔をのぞこうとしたが、またもや桜乃に拒まれる。 どうして、と言われても、皆桜乃が好きだから、としか言いようがない。 リョーマにしてみれば他の人が諦めてくれればいいのにと思うのだが、それは他の皆も思っている事だろう。 リョーマには不二のように、上手い言い訳を思いつく事ができなかった。 リョーマには跡部のように、強引な定説を思いつく事ができなかった。 アメリカ育ちのリョーマは、単刀直入な直接的表現しか知らなかった。 リョーマは桜乃の肩を強引に抱き寄せると、その耳元にそっとささやいた。 「俺が、竜崎を好きだから」 「そんなの、理由にならないよ・・・」 「好きだから、そんな竜崎の姿を誰にも見せたくない」 そう言ってリョーマは桜乃のショールを外した。 ピンクのチューリップをイメージしたドレスは、予想以上に彼女によく似合っていた。 「可愛い・・・」 思わず洩らした呟きは、言われた本人の桜乃にも届き、彼女は顔を真っ赤にしてうつむいた。 イルミネーションに照らされて、キラキラと涙に濡れた瞳をそっと伏せて。 恥ずかしがる彼女の両手を器用に片手でまとめると。 リョーマはそっと桜乃の胸元に赤い花を咲かせた。 リョーマと桜乃は手を繋いでパーティ会場まで戻る道を歩いていた。 でたらめに歩いてきたせいで桜乃は全く道を覚えていなかったし、リョーマも記憶になかったが、適当に歩いていれば着くと思った。 それに、道が分からなければ分からないほど、桜乃と二人きりでいられる時間が長くなる。 桜乃は気にしていたけれど、リョーマはパーティ会場に戻れなくてもいいと思っていた。 しかし、聞き覚えのある喧騒を耳にし、パーティ会場が近い事を知った。 見覚えのある螺旋階段を上り、リョーマは二人きりの時間が終わりに近付いた事を知り小さくため息をついた。 「あ」 「どうしたの?リョーマ君」 「俺、今日誕生日」 「えっ!?」 桜乃がひどく驚いた顔をする。 自分の誕生日くらい覚えているだろうと思っていたリョーマは、もしかして、と思いつつも桜乃に聞いてみた。 「ひょっとして、覚えてなかったの?」 「・・・・ごめんなさい。明日だと思ってました」 クリスマスイブとクリスマス。確かに勘違いしやすいが普通はちゃんと覚えていると思う。 リョーマは少し機嫌を損ねた。 「ごめんね、リョーマ君。だからプレゼント持ってきてないの。明日、終業式が終わったら渡そうと思ってて・・・」 「いいよ、別に」 リョーマはそっけなく横を向いて、階段を一段飛ばしで登った。 リョーマを怒らせた、と桜乃は青くなる。 プレゼントはもう別に用意してあるけれど。 それは誕生日のプレゼントだから。 だって今日はクリスマスイブだから。 だから、たまには、大胆になろうと思います。 「リョーマ君っ」 かなり上まで登ってしまったリョーマの後を、慌てて桜乃は追いかける。 転びそうになりながら階段を駆け上がってくる桜乃を見て、リョーマはかわいそうだと思ったのか、立ち止まった。 ぜーぜーと息を吐きながら、桜乃はようやくリョーマに追いついた。 よろよろとリョーマの上の段に上る。 「あ、あのね?リョーマ君」 「なに?」 桜乃は両手を背中に持っていくと、ごそごそと何かやっていた。 そしてそろそろと前に手をもってくる。 両手で何かを包むように持っているようだ。 その手をリョーマの前に掲げた。 「あのね。この手の中を見て欲しいの」 「うん」 「そしたら、目をつぶって」 桜乃の言葉にリョーマは素直に目を閉じた。 桜乃の心臓はドキドキと大きく波打っていた。 唇に触れた優しい感触にリョーマは驚き、目を見開いた。 桜乃が真っ赤な顔をして、ぱっとリョーマから離れた。 そして、とてとてと階段を駆け上がり、振り返って、花のように笑った。 「ハッピーバースデー、そして、メリークリスマス!!」 そのまま階段を駆け上がっていく。 リョーマはぽかんとその後姿を見つめると、にやりと笑って言った。 「まだまだだね」 そして、ゆっくりと彼女の後を追いかける。 階段の最上段で待っていた桜乃の手を取り、その頬に口付けると、パーティ会場へと戻った。 ~Fin~ 2002年12月23日 <コメント> とりあえず最後だけまともに少女漫画にしてみました。 めぞん一刻って分かるでしょうか。あのネタです。 いやもうリョ桜って銘打ってるから最後だけはまともにしたかったのですよ。 本当は準ちゃん風にしようと思ってたんだけど、なんか変更になりました。 リョーマと桜乃だけはまともですが、他メンバーはまだ戦ってたり食ってたり色々やってます。 とりあえずフルメンバー出しました。ドリのヒロイン達まで出してる辺り本気でフルメンバーです。 オールキャラノンストップギャグで終わらせたかったのに、ギャグのラストが収集つかなくなったので、微妙な少女漫画で終わらせてみました。 とりあえずリョーマ別人じゃんというツッコミはしないで下さい。 ほら、クリスマスだし、人格変わるんだよ。 それ以前にギャグパートで皆人格変えまくってますね。氷帝キャラすごい事になってますね。 |