ガラスの十代


1月1日、午前10時。竜崎桜乃の家の門のインターフォンが鳴った。
「はーい」という声と共に、中からぱたぱたと人の近寄る気配がする。

門の内から出てきたその着物姿を見て、越前リョーマは今年はよい年になりそうだ、と、心の中でほくそえんだ。


なんだかんだと色々ありつつ、それなりによい事もあったような去年のクリスマス&リョーマの誕生日を経て、越前リョーマと竜崎桜乃はそれなりに清いお付き合いというものを始めた。
今まで、お前ら付き合ってんのか付き合ってないのかはっきりしろよアーン?という関係だった二人だが、去年のクリスマスイブの夜、二人はそれなりにお互いの気持ちを確かめ合った、らしい。

さすがに某不二周助(全く某の意味がないが)のように、電気を消した後の仲直り、まではしなかったが、リョーマと桜乃はようやく普通の爽やかな中学生カップルとしての道を歩き出したのだった。


付き合っているカップルらしく初詣に行きたい、とおずおずと申し出た桜乃に、いつもは寝正月を決め込むリョーマも即答でOKした。
新しい年の始まりを新しい二人で祝うというのも、なかなかカップルらしくていいじゃないかと思っていた。


そのはずだった。


遅刻の多いリョーマにしては珍しく時間ぴったりに着いたのに、なぜ桜乃の背後に見知った顔がいるのだろうか。


「やぁ、越前。明けましておめでとう」
「こら~おチビ、お前が一番遅いぞ?」
「越前、5分前行動は基本だろう?まぁ遅れなかっただけマシか」

不二周助と菊丸英二と手塚国光が、お雑煮をもぐもぐと食べてくつろぎつつ、桜乃の背後から顔を出した。

「やっぱり出汁(だし)はちゃんと取った方が美味しいよね」
「そーそー。昆布とかつおぶしできちんと取るとね」
「ふむ。さすがは竜崎先生だな」

お雑煮の品評会を始めた3人に曖昧な笑みを向けつつ、桜乃はリョーマに新年の挨拶をした。

「あけましておめでとう、リョーマ君」
「あけましておめでとう、竜崎。・・・・で、なんで先輩達がいるの?」
「よく分からない。初詣に行くんでしょって・・・」

桜乃が困ったように笑いながらリョーマを見た。
なぜ彼等がここにいるのか自分で聞く勇気はないらしい。
ちょうどお雑煮を食べ終わり、満足したらしい3人に向かって、リョーマは殺気を込めた視線を送る。

「・・・・なんで先輩達がここにいるんスか」
「いやだなぁ・・越前、簡単な事だよ」

不二がお椀と箸を玄関脇に置いてあるお盆の上に載せながら言った。

「若いカップルの邪魔をするのが、僕の生きがいだからだよ」
「不二、それ直球すぎ」

横から菊丸がツッコミを入れるが、不二はあははと笑って、菊丸の鳩尾に重い一発を放った。
うっと声を出し、菊丸がその場に崩れ落ちる。

「本当は他の皆にも声をかけたんだけどね。桃は友達と初詣に行くっていうし、海堂は・・・って、なんで僕がいちいち皆の不在の理由を説明しなきゃいけないんだよ。めんどくさいんだよ」
「不二」

突然キレてぶつぶつ言い出した不二を手塚がたしなめた。
不二は手塚にガンを飛ばすと、めんどくさそうに髪をかき上げた。

「簡単に言うと、この間のクリスマスにオールキャラ出して疲れたから、今回は少数精鋭で行こうっていう話になったんだよ」
「著者の都合というヤツだな」
「そう。作者の書きやすい僕達が、君達二人のラブラブvを邪魔する精鋭部隊に選ばれたってわけさ」
「精鋭部隊といえばルドルフだがな」
「手塚、さっきからうるさいよ」

不二は手塚に向かってうるさそうに手をひらひらと振ると、桜乃とリョーマに極上の笑顔を向けた。

「じゃ、そういうわけで、早く初詣に出かけようか。ほら、英二。そんな所で寝てないで早く起きてよ」

不二が地面に転がる菊丸にがんっと一発蹴りを入れると、菊丸はびくっと体を痙攣させた後起き上がった。
せっかくのツッコミを不二にないがしろにされて、隅の方で座り込み落ち込んでいた手塚も、しぶしぶ立ち上がる。

リョーマと桜乃はお互いに顔を見合わせる。
彼等の二人きりの時間は、今日も作れなさそうだった。


「あーあー皆、着物なんだもんなー俺だけなんか浮いてるよー」
菊丸がぶーぶーと文句をたれながら一番先頭を歩いていた。
なるほど、菊丸は普段着だったが、他の皆は着物姿だった。
桜乃は赤い振袖を着ていたし、不二と手塚も着物姿である。そしてリョーマもだった。

「手塚、それ自分で着たの?」
「いや、祖父に着せてもらった」
「ふーん、越前は?」
「俺は母さんに」
「皆、自分で着付けくらいできないと駄目だよ?特に女の子の着物の着付けできないと、ほどいた後困るでしょ?」
「・・・・そんなので困るのはお前くらいだろ」

手塚の毒のあるツッコミに不二は開眼しつつ答えた。

「着付けって言っても人によって色々やり方があるからね。解く前と同じように着付けるのって大変なんだよ?まぁ君には必要ないかもしれないけどね」
「俺はお前と違って着物姿の婦女子を手篭めにする趣味はないからな」
「手塚。今はいいかもしれないけどね。成人式とか卒業式とかに困るんだよ?」
「・・・・・・だから俺はお前と違うと言ってるだろう」

不毛な言い争いを続ける手塚と不二を横目に、リョーマは桜乃の着物を堪能した。
先日のクリスマスのピンクのドレスも彼女によく似合っていたが、今日の赤い着物も可愛い。
彼女には暖色系がよく似合うと思った。

桜乃がちらりとリョーマの顔を盗み見る。
着物についてリョーマが何も言わないので、それに対して少しご不満のようだ。
まぁ邪魔が入ったりして褒める暇すらなかったのだが。

リョーマはこほんと咳を一つすると、桜乃に向き直る。

その着物がどれほど彼女に似合っていて、
どれほど彼女の魅力を引き出していて、
時と場所と良心と公序良俗が許すならば、
混んでるだろうが今すぐどこぞのホテルにでも連れ込んでやる事やっちまいたい、と、
そう、彼なりの言葉で伝えようとした時。

「桜乃ちゃんの着物姿可愛いよね~うんうん、すごい似合ってるよ」
「え、えっと・・・あ、あの・・ありがとうございます、菊丸先輩」

リョーマの決意は菊丸の明るい笑い声によって邪魔された。

「ん?おチビ、何怒ってんの?」
「・・怒ってませんよ。気のせいっス」

悪気がないのが一番性質が悪いと思う。
リョーマは菊丸にツイストサーブをかましたいと思いつつ、それをギリギリ限界の所で耐えた。

先日のクリスマスの時にあまり人と争うなと桜乃に釘をさされていたから。
自分でも少し大人になったな、とリョーマは冷静に自己を振り返る。

が。言う事だけは言っておかなければならない。
リョーマは桜乃の肩を抱き寄せると、その耳に口を寄せて、着物の感想を伝えた。
桜乃は頬を赤く染め、嬉しそうに頷いた。



若い二人の初々しいその様を、菊丸が羨ましそうに見つめた。
手塚と不二は相変わらず不毛な言い争いをしていた。




正月の神社になど行くものではないと思う。
人が多くごみごみしていて、なんでわざわざこんな人に多い所へ来なければならないのだと常々思っていた。
普段神様など信じていないくせに、こういう時だけそれを理由に集まる人々の心理など想像できない。
まして、わざわざ人込みの中に出かけて行く人々の気など知れない。
誰が好き好んでこんな所へ来るのだろうか。世の中の人間とは物好きなものだ。


まぁそういわけで。
桜乃とリョーマと手塚と菊丸と不二は、お約束通り人込みの中で、はぐれた。



周りには親子連れや肩を抱き合う仲睦まじき恋人達が行き交っていた。
神社の境内までの長い階段はどこもかしこも人で埋まっている。
賽銭箱のある祭壇まで行くには、まだまだ時間がかかりそうだった。


「だいたい見ていて暑苦しいんだよね。人前って事を考えて欲しいよ。はっきり言ってむかつくんだよね。大声で言ってやろうか。お前ら見苦しいって」

先ほどからカップルが通るたびに、不二は、不動峰の伊武深司のようにぶつぶつと何か言っていた。
それを見るに耐えかねた菊丸が不二に声をかける。

「・・・・ねぇ不二」
「ん?何、英二?」

開眼して低く呪文を唱えながら、素早く印を結んでいた不二は、菊丸の呼びかけに極上の笑みを浮かべて答える。

「なんで不二、さっきからカップル通るたびに呪いかけてんの?」
「え?だって、幸せそうなカップル見てるとむかつかない?僕は今幸せじゃないのに」
「・・・・不二だっていっつも時も場所も考えずに菊地といちゃついてるじゃん」
「ああ、あれ?いいんだよ、僕は。僕が世界の中心なんだから」

なんだか大変自分勝手な理屈を聞いたような気がしたが、菊丸は気にしない事にした。
自分も結構人目を気にせず、彼女といちゃつきたいという願望を持っていたので。
あいにく、菊丸の彼女はその願望を満たしてくれるような性格ではなかったが。
不二の場合もいちゃつくというより不二が一方的に手を出しているという感じではあったが。

「そんなに言うなら、桜乃ちゃんとおチビの初詣の邪魔してないで、菊地と来ればよかったのに」
菊丸のもっともなツッコミに、不二はいつもの人の良い笑顔を浮かべ、答えた。

「ああ、ちゃんと夜中に来たよ?侑子の着物姿は綺麗だったし、二人で除夜の鐘ついたし、おみくじも侑子の分まで大吉引いてあげたし、お賽銭も奮発してちゃんとお参りしたし、それに人気のない草むらで色々やろうと思ったけど、今は冬だから寒いから嫌だなぁと思ってそれは諦めたけど」
「あ、そう」

ふふふ、と思い出し笑いをする不二を、菊丸はあきれた顔で見つめた。

「そういう英二はいいの?彼女とお参りは?英二には絶対断られると思ったのに」
「・・・・・・・・・・・・正月は友達の誕生日で毎年一緒に出かけてるから、今年も出かけるから駄目だって言われた」
「そう」
「でも!明日会う事になってるからいいんだよ!!」

不二は憐れみをこめた目で菊丸を見つめた。
菊丸は必死になって弁明する。

「普通さ、クリスマスとか正月とか一緒に過ごしたいって思うよね?でも両方とも駄目って言われて、なんか脈ないんじゃないの」
「そ、そんな事ないよ!しょうがないじゃん、ヨーコが前から予定入ってたって言うんだから」
「この分だと、きっとバレンタインもそうだよね。絶対またなんか予定があるって言われて、英二が泣きを見るんだよね」
「・・・・・・・俺も、なんかそんな気がしてきた」

菊丸は遠い目をして空を眺めた。
天気予報では雪が降ると言っていたはずだが、空は晴れ渡っていた。

桜乃達とはぐれてしまって、リョーマをからかう事ができないので、不二はそのターゲットを菊丸に定めたようだった。

「英二の彼女っていっつも英二の事一番最後にしてない?彼氏優先じゃないよね」
「うん、そうかもね。でもまぁそれがヨーコだから仕方ないよ。俺、諦めた」
「諦めるなんて英二らしくないね」
「俺さ~なーんか、そう遠くない未来にその件でヨーコと喧嘩するような気がするんだよね。『俺より仕事優先するんだね』とか言って」
「そしてきっと、僕がそれに巻き込まれるんだよね」
「うん、多分」

二人は一緒に空を眺め、遠い未来へ思いを馳せた。
そうしている間にもお参りの列は少しずつだが動いていった。

「・・・・まあ神頼みでもしときなよ。せっかくお参りに来たんだし」
「うん!・・・でもここって恋愛成就もアリなわけ?」
「なんだってありでしょ、きっと」

なかなか進まない列に少しイライラしながら、不二は人込みを眺めた。
ふとある可能性に気付き、隣で「バレンタインは一緒に過ごそう」とぶつぶつと呟く菊丸に呼びかける。

「彼女もさ、初詣行ってるんでしょ」
「うん。毎年その友達と行くからって言ってたから」
「このへんで初詣行くんだったら大抵の人はここに来てるし、もしかしたら今もいるんじゃない?」
「え!?本当!?」

菊丸は喜びを顔中で表し、きょろきょろと辺りを見渡す。
持ち前の視力の良さを生かして、遠くまで見渡して、目的の人物がいるかどうかを確認した。
多分これだけの人だし、見つかる可能性は低いけどね、と、不二は菊丸を生暖かい目で見つめた。


しかし、菊丸は知らなかった。
さすがの不二も、ここまでは予想できなかった。


あまりの人の多さに、菊丸の彼女の志波ヨーコとその友人の前田ユミはお参りをする気がなくなり、「祈る事はどこでもできるから」とさっさと初詣を諦め、ゲーセンへと遊びに行っている事を。
鉄拳をプレイするユミの操る紫のラメ入りタキシード姿の一八を、ヨーコが笑いながら見ている事など、彼等には想像すらできなかった。


自分のしている事が無駄だとは露知らず、菊丸は人込みを目を皿のようにして見つめた。




桜乃は、右手をリョーマ、左手を手塚に繋がれ、歩いていた。
人込みの中はぐれては困るから、と最初にリョーマが桜乃の手を取った。
お前達だけでははぐれてしまうだろうから、と、次に手塚が桜乃の手を取った。

まるで、両方の手を両親に繋がれて歩く子供のようだと桜乃は思った。
小さい頃、同じように手を繋がれて歩いた記憶がまだ残っている。

「部長。竜崎は俺がちゃんと守りますから、部長はどっか行って下さいよ」
「いや。竜崎先生からくれぐれもよろしくと頼まれているからな。この場の最長者として責任を果たさなければならない」

桜乃と二人きりになれるはずの時間を邪魔されて、リョーマはイライラする。
一番厄介な敵である不二がはぐれたと知った時には喜んだが、一番堅物である手塚が残ったのは計算外だった。
菊丸だったらどうにでもごまかしようがあったのに、と先輩に対してかなり失礼な事を考えながら、リョーマはため息をついた。

お参りの列は少しずつ進んでいる。
ごみごみとした人の中では菊丸&不二がどこにいるかは全くわからなかった。
リョーマ自身はどうでもいいのだが、先ほどから桜乃がしきりに心配しているので、見つけなければならないなと思っている。

お参りを済ませたら人込みから抜け出して、分かりやすい場所で待ち合わせをすれば大丈夫だ、と先ほど手塚が桜乃に言い聞かせていた。
今ここで探そうと思っても無駄足になる可能性が高いからだ。
リョーマも手塚のその考えには賛同した。


ようやく、賽銭箱の見える位置にまで列が進んだ。
小銭を投げる周りの者に混じって、桜乃やリョーマも財布から硬貨を取り出し、賽銭箱に向かって投げる。

「あっ・・・変な所に飛んじゃった」
「竜崎、へたくそ」
「もう、リョーマ君のいじわる」

その時、周囲がざわざわと騒がしくなった。
「おい見ろ」「マジかよ」
そういった声が人込みから上がる。

一体何事かと、桜乃とリョーマと手塚は後ろを振り返った。


千円札を紙飛行機のようにして飛ばしている男が見えた。
男の隣には彼より身長が15センチは高い無表情の男がいて、やはり同じように千円札の紙飛行機を飛ばしている。

「おい、樺地。もっと景気よく行け。そんなんじゃ届かねーぞ」
「ウス」

男は偉そうに紙飛行機の折り方を傍らの男にレクチャーすると、偉そうに振りかぶり、偉そうに千円札を飛ばす。
男の側にはトランクがあり、中には両替した千円札がたくさん詰まっていた。


「コ●ケにでも行くつもりなのか?跡部は」
「部長、そのツッコミ間違ってるっス」
「跡部先輩、あんなにたくさんお賽銭あげるんだ、すごいなぁ・・・」

三者三様の感想を抱きながらも、関わりあいになるべきではないという思いは3人とも一致し、手塚とリョーマと桜乃は跡部景吾(と樺地)に見つからないように、目立たないように、こそこそと人込みを抜け出し、その場を後にしようとした。
が。

「アーン?そこにいるのは桜乃ちゃんじゃねーの?」

あっさり、見つかった。
人込みを掻き分け、跡部が桜乃(とリョーマと手塚)に近寄る。

「あけましておめでとう、桜乃ちゃん」
「あ、あけましておめでとうございます、跡部先輩」
「燃えるような赤を選んで身につけるとは・・・さては、俺をその情熱の炎で焦がすつもりだな?罪な女だぜ、桜乃ちゃんは」
「はぁ・・・」

某炎の守護聖のような台詞を吐く跡部を、桜乃は複雑な表情で見つめた。
思わず、隣のリョーマの手をぎゅっと握る。

「ねぇ、そこのアホの大将」
「アーン?猿山の大将から格下げかよ」
「いいツッコミだな、跡部」

手塚の言葉は無視して、リョーマは跡部を挑戦的な瞳で見つめる。
跡部もやはり手塚を無視して、リョーマを威圧的な瞳で見た。

手塚は無視された事に気付いたが、傷ついた事は表情には出さないようにした。
桜乃がそっと手塚を見上げ「国光お兄ちゃん今日ちょっと変だよ?」と囁いた。

「竜崎はもう俺の物なんだから、勝手に声かけないでくれる?」
「アーン?どういう意味だよ?」
「日本語も理解できないなんて、本当に猿以下になったんだね」
「上等じゃねーか。表に出ろよ。決着つけてやる」
「もう表に出てるぞ」
「お兄ちゃん、もう突っ込み入れるのやめようよ」

跡部とリョーマの間に不穏な空気が流れる。
リョーマは着物の袂からラケットを取り出し、跡部はトランクの影からラケットを取り出した。

その時、別の場所で悲鳴が上がった。


「ど~ろ~ぼ~う~~~~~~」


悲鳴の上がる方向に目をやると、黒いトレンチコートを着て、黒いハンティング帽を被った(多分)若い男が、白いハンドバッグを手に、まっすぐにこちらへと向かってやってくる。

「越前、跡部はいいからさっさとあの男を捕まえろ」
「ういーす。・・っつーか、部長自分でやって下さいよ」
「俺は今日、ラケットを忘れた」
「アーン?肌身は出さず持ってろよ、世界の常識だろ?・・・越前なんかよりああいうのは俺に任せろ」

自信たっぷりに跡部はラケットを構え、スリ男に向かってサーブを放った。
真正面から来る球に慌てたスリ男は方向を急に変えた。
ボールはスリ男には当たらずに強面のいかにもその筋の方ですねという男性に当たる。


男性の件は跡部に任せ、リョーマはスリ男にツイストサーブを放った。
が、人込みのせいで上手くスリ男に届かなかった。
スリ男は人込みの中を器用に逃げていく。
リョーマは口の中で小さく舌打ちをする。狙った獲物に逃げられるのは気に入らない。

「にゃろう」

口の中で小さく呟くと、リョーマはスリ男を追いかけた。
一瞬、桜乃と手塚を二人きりにはしたくないという小さな嫉妬心が沸き起こったが、目の前の獲物を片付ける事の方が先だった。

遠ざかる背中に時速数10kmの重いボールを叩きつけ、倒れた所をその脳天に球をめり込ませ、捕物はあっけなく終わった。


心配そうな顔をして駆け寄ってくる桜乃に大丈夫だと頷いてみせ、リョーマはやれやれと立ち上がった。
桜乃の後ろから手塚と、ようやく警備員がやってくる。
警備員にスリ男を引き渡し、祭壇の前まで戻ったら、菊丸と不二の姿が見えた。
菊丸はなにやら一心不乱に祈っていて、それを不二がそろそろ行くよ、と、どついている所だった。

頭を押さえながら菊丸が桜乃達に手を振り、ようやく5人は合流した。



その後、菊丸の提案で皆でゲーセンへと行く事になった。
リョーマはまた桜乃の為に新しいプライズ品を取ってあげようと思っていたのだが。

「「あ」」

ゲーセンで彼女達の姿を見つけ、リョーマと菊丸は大声を上げた。
その声に何事かと振り返った女性二人が、そろって「げっ」と嫌そうな顔をする。


「わーい、ヨーコだー。さっき頼んだばっかりなのに神様ありがとう」
「ちょっと英二。なんでアンタがここにいんのよ。会うのは明日でしょ」
「駄目駄目~神様が会えって言ってんだからさ」
「アンタ無神論者じゃなかったっけ?」


「また会えたっスね」
「ああ、いつぞやの少年か。久しぶり」
「あれから修行したんスよ。今度こそ負けない」
「またやんの?あんたも懲りないね」


菊丸は今日会えないはずだった自分の彼女を見つけ、人前でべたべたとくっつき始めた。
リョーマは桜乃をほっぽりだして、いつぞやの雪辱をはらすべく、鉄の拳を握りだした。

不二はふぅ、とため息をつき、つまらなそうな顔をしている桜乃に声をかける。

「桜乃ちゃん、何かやりたいゲームある?」
「あ・・特になにもないですけど・・」
「それじゃあ僕と一緒に太鼓でも叩いてようか?」
「はい・・・・」

桜乃の肩を抱き、太鼓を叩くゲームへと移動しようとした不二は、手塚に「待て」と引き止められた。

「太鼓を叩くのか?俺もやりたい」
「手塚は一人で叩いてなよ。僕は桜乃ちゃんとやりたいんだから」
「あ、あの・・・私、別にやらなくても見てるだけでもいいので・・・」

手塚の真剣な表情に桜乃は困った顔をする。
手塚も不二も一歩も譲る気配はない。



「ねーねープリクラ撮ろうよ、プリクラー」
「やだ。めんどくさい。気が乗らない」
「いっつもそう言って結局今まで1回も撮ってくれた事ないよね」
「写真は嫌いだって言ってんでしょ。・・・って、はっ、着物の可愛い女の子発見!!」
「あれ?桜乃ちゃんの事?」
「あのコとだったら撮ってもいいかな、プリクラ」
「本当!?・・・桜乃ちゃーん、ちょっとこっちおいでよー!!」

菊丸に呼ばれて桜乃は返事をし、彼等の方へと行ってしまった。
桜乃がいなくなり、手塚と不二は二人で太鼓を叩くしかなくなった。


なにはともあれ、今年も彼等の人生は騒がしく過ぎそうである。


2002年1月1日


《終》


突発初詣SS。多分桜乃が出てる意味はないような気がします。
最初に考えてたのは、跡部が千円札(本当は万札にしようとしてた)飛ばすシーンとスリを跡部とリョーマで捕まえようとするシーン。
余計な人物を出してたらまた無駄に長くなりました。
一応、某友人の誕生祝です。
こんなのでよければ貰って下さい。いらない?んじゃ、いいや。
彼女には甘いリョ桜を書けと言われてたのに、何故こんな事になってるのかは、知りません。