NEVER EVER


ゲームセンター特有の高音が鳴り響く。
竜崎桜乃はあまりの騒音に、思わず耳を押さえた。

今日は男子部女子部共にテニス部はお休みだ。
親友の朋香に誘われて、桜乃はめったに足を踏み入れないゲーセンへと来ていた。
朋香の誘いとはいえあまり行きたくなかったのだが、彼女の「リョーマ様も誘ったから」という言葉に思わず「行くよ」と頷いてしまったのは、自分でも正直だなと思った。

クラスも違うし、同じ部活とはいえ男子部と女子部では活動場所も違う。
普段一緒に過ごせないリョーマと過ごす数少ないチャンスを、桜乃が逃すはずもなかった。

リョーマ自身も同じ理由でここにいる事に桜乃は気付かなかったが。


そのリョーマは朋香に誘われて『太鼓の達人』をプレイしている。
慣れている朋香は元より、反射神経やリズム感の良いリョーマの二人のプレイはギャラリーができるほどだった。
ギャラリーの後ろの方から二人のプレイをのぞきながら、桜乃は二人ともすごいなぁ・・と感嘆のため息をついた。

さっき桜乃も1プレイだけやってみたのだが、1面すらクリアできなかった。
ミスを連発し、あっという間にゲームオーバーになってしまったのだ。

なんとなく手持ちぶたさな気分で辺りを見渡す。
私でもできるゲームが他にないかな?
ギャラリーの群れから離れ、ふらふらと歩き出した。

UFOキャッチャーがあるのを見つけ、桜乃はそっちの方へと近づいた。
ぶらぶらと中に入っているぬいぐるみやおもちゃなどを眺めながら歩く。
ある機械の前に来た桜乃は、はっとして立ち止まった。


鞄から小銭入れを取り出し、100円玉があるのを確かめた。
1プレイだけならいいよね?
誰に確かめるわけでもなく、心のうちでそっと呟くと、100円玉を機械に投入する。

横向きの矢印のボタンを押し、次に縦向きの矢印のボタンを押す。
アームは下へと降りていき、目標の物とは全く違う位置に着陸し、空を切った。
何も掴んでいないアームが景品取り出し口へと向かう。
小さくため息をつき、桜乃はもう1度100円玉を取り出した。

今度は、アームが景品を掴んだ。
「あ・・やった」
桜乃の勝利の呟きもむなしく、アームは景品の表面をなでるだけで持ち上げる事はせずに上がっていく。
桜乃は再びため息をついた。


そんな事を何度繰り返しただろうか。

「あーん、取れないよぉ・・」
思わず泣き言を漏らした時、
「お、桜乃ちゃんじゃねーか」
後ろから声が聞こえた。

「あ・・跡部先輩。こんにちは」
いつものように樺地を従え、なぜか偉そうにポーズをつけたまま立っている跡部景吾がいた。
彼等も学校帰りなのだろう。桜乃と同じく制服姿だった。
脇に立っている樺地は、こげぱんだのお茶犬だの、大量のぬいぐるみを抱えている。
どうやら、跡部の戦利品らしい。

「この間のストラップ、本当にありがとうございました」
桜乃は深々と頭を下げた。
「いいって気にすんな。俺はメーカーに直接問い合わせられるからな」
「じゃ買えたんですか」
「ああ。樺地」
「ウス」

樺地は跡部の鞄をさぐり、携帯電話を取り出し跡部に渡す。
跡部はそれを受け取り、桜乃に見せた。

先日桜乃が買った物と同じストラップがぶら下がっていて、トロが笑っている。

「良かった。私が跡部先輩の物横取りしちゃったのかな~ってちょっと心配してたんです」
「樺地の方が最初に横取りしたんだからな。桜乃ちゃんは悪くねーよ」

桜乃の笑顔に跡部は照れ笑いを浮かべた。
跡部景吾ファンクラブメンバーが見たら卒倒しそうな勢いだが、残念な事に周囲にはいなかった。

笑っていた桜乃の顔が突然曇る。
跡部は桜乃の視線の先を見た。樺地の抱えているぬいぐるみを見ていると分かり、その山の中からこげぱんを1つ取る。

「1つやるよ」
「あ・・いえ、いいですよ・・・私がほしいのは違う物なので・・・」

そう言いながら側の機械をちらっと見る。

「跡部先輩はUFOキャッチャー上手なんだなぁ・・って思っただけです。私、さっきから何回もやっているのに全然取れなくって・・・」

そう言って、桜乃は力なく笑った。

跡部は、桜乃がさっきまで挑戦していた機械の方に近寄る。
こげぱんを樺地に渡し、制服のポケットから100円玉を取り出し、投入する。

何も取れずに戻ってくるアームを見て、跡部は小さく舌打ちをした。
後ろで見守っていた桜乃を振り返る。

「このタイプの奴はアームが他の奴より弱いんだ。しかもコイツは通常より設定が弱くなってる。ちょっと待ってな、桜乃ちゃん。・・・おい、樺地」
「ウス」
跡部は樺地を従え、何処かへと消えていった。
樺地の巨体と跡部の後姿がゲーム機の間に見えなくなる。

桜乃はほぅと息を吐き、そういえばリョーマ君と朋ちゃんはどうしたかな?と思った。
首を伸ばして『太鼓の達人』の方を見ると、ギャラリーの山はいつの間にか消えている。
プレイしているのも知らない人達だった。

二人ともどこ行っちゃったんだろう?
まさか、私を置いて帰ったりしてないよね?
跡部先輩には待っていろって言われたけど・・・

不安になった桜乃は二人を探しに歩き出した。
そんなに広くない店内だし、跡部が戻ってきたら分かるだろうと思った。


『太鼓の達人』の側にある格闘ゲームの対戦台でプレイしている朋香をすぐに見つけて、桜乃はほっとした。
彼女のプレイしている隣の台の椅子にそっと座る。
ゲームに熱中している彼女は桜乃に気付かない。
それとも、気付いていても今は声をかけられる状態じゃないのかもしれない。

朋香の画面に「You Lose」の文字が表示された。
「あ~、負けちゃった~」
対戦台の上にがばっと倒れこんだ朋香は、桜乃が隣にいる事に気が付いた。

「あれ?桜乃。どこ行ってたの?」
「ん、ちょっとね。それよりさっきの朋ちゃんすごかったね。見てる人たくさんいたよ?」
「ま、ね~私、あれにはちょっと自信あるんだ。リョーマ様も、初めてって言ってたのにすごい上手かったし」
「そういえば、リョーマ君は?」

朋香と対戦していたのかと思っていたが、反対側の対戦台には誰も座っていなかった。

「リョーマ様?さぁ・・格ゲー対戦しようって言ったら『俺やりたいのあるから』って言ってどこかに行っちゃって・・それから知らない」
「珍しいね。朋ちゃんがリョーマ君の側を離れるなんて」

くすくすと笑う桜乃のおでこを、朋香はでこぴんした。

「いったーい」
「桜乃が嫌味なんて言うからよ。だってKOFなんて懐かしかったんだもん。96以来やってないし。ちょっとプレイしたかったのよ」

そう言いながら朋香の目は再びゲーム画面を見つめた。

「私、まだこのへんでプレイしてるからさ。桜乃も好きなのやってきなよ。」
「あ、うん。・・そういえば私、人を待ってなきゃいけなかったんだ」
「そうなの?誰か知り合いでもいた?じゃ、行って来なよ」
「うん、朋ちゃんはここにいてね」
「オッケー任せて。・・お金がなくなるまではいるから」

朋香に手を振り、桜乃は再びUFOキャッチャーの方へと向かった。


機械の前には跡部と樺地、それに誰だか知らない男の人が既に待っていた。
桜乃は慌てて転びそうになりながら走って3人の方へ向かった。

「ご・・ごめんなさい、跡部先輩」
「桜乃ちゃん、ここで待ってろって言わなかったか?」
「ごめんなさい。友達を探しに行ってたんです」

桜乃はぺこぺこと何回も頭を下げた。
困りきった顔をした彼女に、跡部も不機嫌そうだった顔をゆるめる。

「まぁいいさ。俺も戻ってくるの遅かったしな」

どうやら自己完結したらしい。
側にいる男に軽く頷いた。
男はこのゲームセンターの店長だと名乗った。

「景吾様にこの機械のアームが通常より弱く設定されていると指摘されまして。お調べした所、確かに他の物より若干弱く設定されている気がしないでもなく・・・」

店長の台詞が理解できず、桜乃は目を白黒させた。
アームだの何だの言われても、ゲーマーでない桜乃には何の事だか分からない。
桜乃の様子を敏感に感じ取った跡部は店長の前に立つ。

「説明はいいから、早くこれ開けろよ」
「かしこまりました」

ぺこぺこと不必要なくらいお辞儀をしながら、店長は鍵を取り出し機械を開けた。
跡部が開いた箇所から手を差し入れ、トロのぬいぐるみを掴む。
それを桜乃の前に差し出した。

「おら、これやるよ」
「え?え?でも・・・もらえません」
「いいって。このゲーセンは跡部グループの管轄なんだ。俺の会社で桜乃ちゃんに嫌な思いをさせちまったお詫びだよ」
「で、でも・・・」

桜乃は困った顔で跡部を見上げた。
跡部は気にすんな、と桜乃の手にトロを押し付ける。

違うのに。私が言いたいのはそういう事じゃないのに。

跡部先輩は勘違いをしている。ちゃんと説明しなきゃ。



桜乃が口を開こうとした時。

「竜崎、これ」

リョーマの声に桜乃は振り返る。跡部達も何事かと振り返った。
越前リョーマがいつものように無愛想に立っていた。
リョーマの手には、ピンクのウサギのぬいぐるみが握られている。
そのウサギを桜乃の前に差し出した。

「これでしょ」
「え・・あ、ありがとう、リョーマ君。どうして分かったの?」

桜乃は不思議そうにリョーマの顔を見る。
リョーマは帽子を深く被りなおした。


初めて会った時に桜乃が求めていたのがトロだったから、跡部は桜乃はトロが好きなのだと思っていた。
でも、桜乃が本当に好きなのはジュンの方で。
リョーマはそれをちゃんと知っていた。


「まだまだだね」
桜乃にジュンを渡し、リョーマは跡部にニヤリと笑う。
跡部には言うべき言葉もなかった。

「さ、竜崎、行くよ」
「あ、うん・・・跡部先輩、さようなら」


二人の姿を黙って見送る跡部の背中を、樺地がぽん、と叩いた。




「でもリョーマ君、いつの間にプレイしてたの?私ずっとあれやってたのに」
「竜崎が猿山の大将と別れてすぐから」
「わっ、じゃあ行き違いだったんだね。私、リョーマ君を探す為にあそこ離れたのに」
「竜崎、へたくそだよね」
「え?・・・もう、ひどいなぁ・・見てたなら声かけてくれればよかったのに」


桜乃の目の前でプレイしてそれで取れなかったらかっこ悪いから、声をかけずに桜乃が去ってからプレイしたとは、リョーマには口が裂けても言えなかった。

「でも、嬉しいな。トロっていっぱいあるけどジュンのグッズってあんまりないから、これ見た時絶対ほしいと思ったんだ。本当にありがとう、リョーマ君」

桜乃の嬉しそうな顔を見ていると、小遣いのほとんどを犠牲にしても、それを取ってよかったと思う。

それに、とリョーマは思った。

あの猿山の大将の悔しそうな顔も拝めたしね。
俺の前で竜崎に手を出そうなんて、100年早いよ。

彼女に声をかけるなら、彼女の好みくらい知っておくんだね。






2002年11月20日


《終》


景吾に「まだまだだね」と言うリョーマが書きたかっただけです。
ファンシー景吾ネタ後編でした。ゲーセンでUFOキャッチャーに興じる景吾・・想像するだけで楽しいです。
『俺の会社』って、アンタのじゃないだろ、というツッコミは不可です。


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