090:ジャポニスム[ジン+シオン]
「わかってはいたけど、また同じような着物ね」
転送されてきた通販の着物を広げる兄の手元を覗いて、シオンはため息をついた。
「人の趣味には口を出さない。お互い様でしょう?」
一通りチェックを終え、着物をきちんと畳み和紙に包んでから、ジンは顔を上げる。
「世間相場で、私のファッションと兄さんのファッションのどちらが普通というか常識的なのかは、明確だとおもうけれど? まったくあの格好で何故戦えるのか不思議よ。動き辛くないの?」
「別に動き辛くはないですよ。刀を振るうには着物が一番です」
ロストエルサレムにはかつて、「ニッポン」という小さな島国があったという。
ウヅキという名前も、またウヅキ家が代々継いでいる刀術の技もルーツはこの「ニッポン」にあるという。
確かに、その民族の血を強く引いていることは間違いない。が、人々がエルサレムを捨て、宇宙へと飛び出していってから、国家も民族による団結も失い、人類の混血は進んだ。
今時純粋な人種などありあえない。
肌や瞳や髪の色も、いつどんな形で隔世遺伝が顕れてくるかわからないのだから、こんな化石のような超古代の風習やら、伝統やらにこだわっても意味無いのにとシオンは思う。
まあ、確かに祖父はこだわっていた。
が、その血を引く父はこだわらないというか、むしろ嫌っていたように記憶している。
それが、なぜ兄に。
もっとも、兄の格好も本当に伝統に照らし合わせて正統なモノなのかどうか、あやしいと思う。今更間違いを正せる人間がいないのだから、兄が「こうだ」といったらそれが正解なのだ。
そもそも礼節を重んじると言ったそのニッポンとかいう国の民族が、こんなだらしのない着方をするのか疑問だ。
シオンは座る兄の着物の裾をちらりと見た。
走るたびに、生足がちらちら見えるというのはどうかと思う。
本人まったく意識していないが、妹にしてみれば見苦しいの一言だ。
兄は、ベッドにすわり、肩を回したりとんとん叩いたりしている。
「最近疲れやすくていけません」
「年なんじゃないの?」
冷たくシオンは言った。
「生活ががらりと違ってしまったせいですかね。ベッドで眠るというのも熟睡できなくていけません。やはり畳に布団でないと」
「宇宙船に畳に布団は無いでしょう?」
第二ミルチアにある家は、普通じゃない。
この宇宙船エルザの設備の方がよほど一般的なミルチアの住宅に近いのだ。
ウヅキ家は、日本家屋だからなのか機能性ゼロだ。
伝統をとっぱらったら、ただの変な家だ。
いや、そもそもあれが伝統的な日本家屋であるかどうかもあやしいとシオンは思っている。
「あと、風呂。たっぷりのお湯に浸からないと疲れがぬけないですし。檜の香が懐かしいです」
シオンは呆れたという顔でジンを見る。
「宇宙船に檜風呂なんでばかなこと普通考えないわよ」
「そうそう、もう一つ……、トイレの問題が」
「トイレ……」
「ええ、どうもねぇ、あのタイプのトイレだと出るモノも出なくて……。馴れの問題ですかね」
あはは……と頭をかきながら笑うジンの顔を見つめる。
こういったことを言うことがそもそもオヤジくさく妹にすれば悲しいのだが、それよりもシオンは意識的に忘れていた実家のトイレを思い出してしまった。
そう、あのトイレのせいで友達を家へ呼べなかったのだ。
最初、そのおかしさ加減に気が付いていなかった。というか、シオンはそれが世間でも標準なのだろうとなんとなく思っていた。
友達が遊びに来てトイレを貸した。
その友達が何分経っても出てこない。
どうしたのだろうと思い、トイレに様子を見に行くが友達はいまにも泣きそうな顔をしてただ突っ立っていた。
どうやって使って良いのかわからないという。
使い方を教えて無事用をたすことはできたのだが、それ以来二度と友達を家へ呼ぶことはできなくなってしまったのだ。
――悪夢だわ。
怒りがだんだんシオンの胸の中にこみ上げてきた。
兄をきつく睨む。
「兄さん、ここのトイレ様式に馴れておいてね。第二ミルチアに生還できたら、真っ先にトイレを改装することに決めたから。だいたい兄さんは昔から……」
延々と続くシオンの小言というか、恨み言にジンはただ目をぱちくりするばかりだった。