074:パジャマ[エルザメンバー]
エルザのバーでジンとアレンが和やかに談笑していた。
「シオンも随分と大人になりましたね」
「ええ、立派なベクターの主任ですから」
「私にとって、シオンはずっと小さな女の子のままなんですよ」
「主任と歳が離れているんですね。お兄さんは」
「はい。娘ほど歳が離れていますね」
「それは、大げさですよ」
「小さい頃のシオンは、兄の私から言うのも何ですが、本当に愛くるしくて、他の同じ年頃の女の子とは比較出来ないほど可愛かったんですよ。表情も、しぐさも」
幼いシオンの思い出に浸っているのか、ジンはどこか遠い目をしている。
「いいなぁ、そんな可愛らしい主任……、僕も見てみたかっですよ」
妄想に走ったアレンも遠い目で宙を見ている。
そこへ、思いがけないジンの一言。
「ご覧になりますか?」
「へ?」
「いえ、ですから幼いシオンをご覧になりたいかどうかということなんですが」
「そんな……どうやって?」
「ええ、幼いシオンの録画ムービーが実はあるんですよ」
にっこりとジンは微笑んだ。
もちろん、こっそり二人で観る予定だったのだが、そこへタイミング良くというか悪くというか声をかけられた。
「何の相談ですか? ジンさん、アレンさん」
振り返れば、ケイオスとJr.が立っていた。
「いえ……その」
「なんだよ、怪しいな」
Jr.が疑いの視線を二人に向けた。
「いえ、その怪しいということは決してありません」
「ふーん、ますます怪しい。二人で何か悪巧みをしていたと言いふらすっかな」
Jr.は後頭部で腕を組み、へへんと笑った。
ジンとアレンは「仕方あれませんね」と顔を見合わせた。
「なんだよ、それ、サイコーにおもしろそうじゃん」
と一通り説明を受けたJr.が興奮して言った。
「確かに興味深いですね」
にこにこ笑って話を聞いていたケイオスも十分乗り気である。
「じゃ、決まりだな」
「決まりって何がでしょうか」
ジンがきょとんとした表情をJr.に向けた。
「だからさ、上映会さ」
のりのりで答えるJr.だった。
どうやら、エルザではとことん娯楽が不足しているらしい。
「あ……でも、このことシオンにばれると……その……」
「なあに、大丈夫さ。男だけの上映会ってことにしようぜ。セッティングは任しておけって」
走り去るJr.の背中を見送りながら、ジン諦めたように言った。
「若干不安ではありますが、仕方ないですかね」
「何なの? 男だけで集まって、女性立ち入り禁止なんて失礼しちゃうわね」
不満そうにシオンは言った。
「でも、きっと男同士で愉しみたいものもあるんですよ。モモだってシオンさんと女同士の話をしたいことありますし」
「そりゃそうなんだけど」
そこへ、コスモスが口を挟んだ。
「この場合の、男女というのは生物学的な性のことでは無いと思われます」
「何なの、それ?」
シオンとモモは目を丸くして、コスモスを見た。
「なぜならば、生物学的な性と無縁な兵器でしかない私も立ち入り禁止とされていますから。おそらく、生物的女性ではなくて、ジェンダーとしての女性性に見られては不味いと考えられているのだと思われます」
シオンはため息をついた。
「もう、この子ったら、何をわけわからないことを。……でも、いずれにしろ放っておくわけにはいかないわね。いやらしいムービーとか観ているかもしれないのよね」
そして、シオンは決心して上映会場となっている部屋へ向かった。
ドアはロックされていた。
中の盛り上がる雰囲気は伝わってくる。
「困ったわね、コスモス……破壊してちょうだい」
「承知しました。シオン……少し下がっていてください。T・ARTS1でドアを叩き壊します」
という間もなく、ドアが吹っ飛んだ。
もうもうとして白い煙が立ちこめる部屋は何も見えない。
げほげほという咳き込む声に交じって聞こえる、ムービーの音。
――お名前を教えてください。
――しおん・うづきです。
――いくつですか?
――さんしゃいです。
――ではどうぞ。
――うん。
と、「じゃまじゃま……」という歌声が。
立ちこめていた煙が収まってくると、シオンの方を見る男達の顔が見えてきた。
その中に、ジンとアレンも……。
「兄さん……、これって」
静かな声だったが、その迫力に気圧され兄は数歩後ずさった。
「あ、あの……これには深いわけが……」
そこへよせばいいのに、アレンがジンをかばう。
「あ、主任、実は僕が無理を言って、お兄さんに頼んだんですよ」
きっと、シオンはアレンを睨んだ。
バシン、バシン。
派手な音が部屋に響いた。
ジンとアレンの頬についた赤い手形などおかまいなしに、ムービーはオチをつけた。
――パジャマでお・じゃ・ま。