073:前略[シオン+アレン+ジン]
コネクションギアを立ち上げて、入ってきたメールにシオンはため息をついた。
「主任、どうしたんですか? そんな大きなため息ついて」
「え? あ、アレン君。ううん、大したことないわ」
「そうですか? でも、なんか疲れたような顔していますよ」
「まあ、疲れたくもなるわよね、原因はこれ」
そういいながら、メール画面をアレンに見せた。
「メールじゃないですか」
「兄からよ」
「あ、お兄さんからですね。『元気か』とか『困ったことはないか』とか『いつ戻るのか』ですか……。いいお兄さんですね。……いや、至って普通の肉親からのメール内容ですよ」
「アレン君、最初の一行をすっとぱしたのは、意識的に?」
その最初の一行だが、次のような書き出しだった。
『拝啓 三日見ぬ間に葉桜という今日この頃ですが、皆様ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。 』
「あはは……、いやちょっと意味がわからなかったもので」
「そうよね、どうも超古代のメールマナーだったみたいよ。まだメールを紙にペンで書いていたころの」
「『拝啓』って、どういう意味でしょうね」
「謹んで申し上げる……という意味みたい。でも、謹んでなんていないのに、意味ないと思わない?」
「確かにその通りですね。で、その後の、『三日見ぬ間に葉桜という今日この頃ですが』というのは、何をおっしゃりたいのでしょうか」
「季節の挨拶。つまり、短い桜の開花期間があっという間に終わってしまって、花が散って葉っぱが出てきたということなの。桜は葉が出る前に花が咲くから」
「桜って、この辺では見ないですね。しかも、ここまともな季節無いですし」
「そうなのよねー、だから問題。もう化石的マナーよ」
「でも、皆様……って、誰に言っているんですか?(まさか、主任に家族同然の兄も認めた恋人が密かにいる???)」
「誰ってことないわよ。定型、お約束の文章。相手に家族がいようが一人暮らしだろうがおかまいなしよ。ばかばかしい」
シオンは盛大にため息をついた。
「でも、主任……よくご存じですね。そんなこと知っている人なんていませんよ」
そう言われてシオンはぴくりと反応する。
両手のひらで頬を包むように挟み、叫ぶように言った。
「あああ、いや。兄のおかげで、知らなくてもいいどーにも役に立たない知識で私の頭は満たされていくんだわ!!」
「無視できないのでしたら、お兄さんにやめるよう言ったらいかがですか?」
言われてシオンはアレンの顔を見て、にっこり笑う。
「そうか……。そうねよね、兄には『拝啓』とか『謹啓』という単語を使ったメールはすべて受信拒否する……と言っておこう」
そうぶつぶつ言いながら、シオンはメールを打った。
それから、数時間後……
『前略 シオン、あなたの気持ちはよくわかりました。ですけれど、手紙の古式ゆかしき形式には、今は失われし人を敬い、尊敬するという……(以下略)……早々』
兄はまったく懲りていないというか、わかっていない。
今度は『前略』も『早々』も受信拒否してやろうと決心するシオンであった。