055:木[ジン+シオン]
木造の家を好む人たちも結構いる。
だが、ウヅキ家ほど伝統工法に則った純和風の家に住むものは珍しい。
シオンの祖父は金属製の釘やビス、もちろん接着剤も嫌って家族を困らせた。
それは、ウヅキ家が刀術を注いできたことと関係がある。
特に道場は徹底していた。
床は、合板を一切使わない木製の板張り。
手入れが楽だからと、優秀な建築士にどんなにすすめられても祖父は、あくまでも木製の素材にこだわったという。
でも、そんなことシオンには関係無かった。
「ねえ、兄さん、どうしてうちは余所のおうちと違うの?」
「違うとは何がですか?」
「よそのおうちはもっと綺麗よ」
「そうですか。掃除はきちんとしているのですが、ゴミとか埃とかありましたか?」
「ちがうの。余所のおうちはもっと綺麗なの。色が綺麗で明るいし、つるつるして光っていたり。うちみたいにでこぼだったりざらざらしていないわ」
「この家は……天然の木でつくっていますから、他のおうちとは違うのでしょう」
「どうしてうちは、余所のおうちと同じようなおうちにしないの?」
「いえ、ウヅキ家は代々こういった家に住んでいましたから」
「でも、こんなみんなの家とは違うのは恥ずかしい」
「恥ずかしいなんてことはありません。立派な家なんですよ。ウヅキの代々住んでいた家は。木の感触がとても自然で優しいから落ち着きます。私もウヅキの家を出て軍に入っていた頃、たまに家に戻るとそう思いましたから。木製のものに囲まれた生活はとても安らぐんですよ。シオンも今にわかります」
「そんなことない。この家なんか嫌なの。ねえ、建て替えようよ。木の家はもうやめよう。みんなの家と同じにしたい。もっと明るい家がいい」
「シオン……」
兄はとても悲しそうな表情をして黙ってしまった。
何故と言われても、子どものシオンは上手く説明できない。
家がとても嫌だったこと、お友達の明るい家に遊びに行くとほっとすることも本当だった。
「もう、兄さんたらしっかりしてよね、情けない。コスモスがその直後に間に入ってくれたから、かすり傷ですんだようなものなんだから」
「面目ありません」
兄は妹をかばって負傷した。
先日シオンも怪我をしたのだから人のことは言えないいはずなのに、兄の怪我にはここぞとばかり小言を繰り返す。
そんな妹に、兄は苦笑いを浮かべている。
まさか、兄と行動を供にするなどとは考えもしなかった。
ましてや一緒に戦うなど。
兄は第二ミルチアのヘルマー代表の密命を帯び、エルザに同行していた。
奇しくも目的地は同じ旧ミルチア。
ヘルマー代表の兄に対する信頼は並大抵のものではないことを知り驚いた。
いや、それでもシオンにとっては駄目兄貴だ。
でも、兄には自分にはうち明けることも出来ない過去の秘密があって、ずっと苦しみ続けているのだ。
そのことにシオンも薄々気がつきはじめていた。
包帯を巻き終えたシオンに、ジンはぽつりと言った。
「シオンも、随分しっかりしてきましたね」
「家を出てから一度も兄さんに会っていなかったんだから、変わっていてあたりまえよ」
「そうですね、あなたはあの家が嫌いだと言っていましたね」
「何故か、すごく嫌だったのよ。子供心に」
ジンは薄く笑い目を閉じた。
「木という天然素材でできた家は、住む人の気に染まっていくと聞いています」
「何それ? また超古代の言い伝え?」
「あの家は、私の後悔やら迷いやらのマイナスの気に染まってしまっていたのかもしれませんね。あなたは、その空気に敏感だった。だから、とても居心地が悪く感じたのでしょう」
「もう、非科学的なんだから兄さんは」
シオンは呆れつつ笑い、兄に背中を向け薬や包帯の片づけをする。
「シオンには、可哀想なことをしたと思っています」
意外な言葉。
シオンはくるりと振り返り腰に手を当て、もう片方の手の人差し指を立てる。
「今度はエルザを暗ーい気で染めるつもり?」
「シオン?」
兄は目を丸くする。
「兄さん、後悔している暇があったらやらなければいけないことがあるんでしょう? 兄さんしかできないことが。今度こそ、今度こそ逃げないでよね」
「参ったな。今度はあなたに一本取られましたね」
二人は目を合わせるる。シオンは照れくさそうに、兄は嬉しそうに微笑んだ。
何げに「049:さみしい」の続きです。