049:さみしい[ジン+コスモス]
「シオン、目が覚めたら修練ですよ」
旧ミルチアの水没都市。そこでの戦闘で妹は怪我をした。
ラピュリントスを目の前にしていたが、一端撤退することにする。
目立つ外傷は見られなかったが衝撃は大きかった。念のために安静にするように言い聞かせた。
額にそっと手のひらを当てる。
薬が効いているのだろう。深く眠っている。
どんな夢をみているのか。
振り返るとコスモスの赤い瞳がじっとジンを見ていた。
いや、見ているように思えた。
「ジン・ウヅキ。あなたは休んでください。私がシオンを見ています」
感情を感じさせない声。
「もう少しシオンの傍についていたいのですが」
「あなたがシオンの傍にいても何の役にも立ちません」
「いえ、それでも傍にいたいのですよ。妹ですから」
ジンは困ったような笑みを口許に浮かべた。
対照的にコスモスは無表情だった。
「シオンの傍にいることがあなたにとって有益なのでしょうか」
相変わらず抑揚の無い声。
ジンはベッドの前の椅子に腰をかけ「あなたもどうぞ」とコスモスに椅子をすすめた。
「私は人間ではありません。休む為に座る必要は無いのです」
「あなたに立たれていると私が話しづらい。座っていただけませんか? これは要請です」
ジンはコスモスを見上げて柔らかく微笑んだ。
コスモスはゆっくりと腰をおろす。どうやら、納得してくれたらしい。
「あなたは、ずっとこの子シオンを守ってくれていたのですね。ありがとうございます」
コスモスはすぐに反応しなかった。おや? とジンはコスモスを見た。
少しの間をおいてまたあの無機質な声。
「私は与えられた命令に従ったまでです」
「そうですか。でも、本当に守ってくれていましたね。それに比べて、私は……、私は守らなくてはいけないときに、家族を、幼い妹を守ることが出来なかったのです」
家族と幼い妹を置いて実家を離れて軍属になった。
たまに妹から入る連絡。「兄さん……さみしいの」ぽつりと言う。
何故というのはなかった。
家族がそばにいるのだから、あれはただの甘えだとしか感じなかった。
母が、家族がどのように追いつめられていたのか考えが及ばなかった。
甘いのは自分だった。
あの男の企みも気が付いていた。だが、目を逸らしてしまったのだ。
師が認めた男なのにそんなはずはないと。
その調査の目的は、認めたくない真実を否定するための材料を集めるということにすり替わってしまっていた。
それが、あの男の本質を見極める目を曇らせてしまったのだ。
きっと騙されているだけなのだ。自分ならば目を覚まさせることができるだろうと。
あの男が行おうとしているその恐るべきことを止めることに命を懸けた。
思い上がっていた。甘かったのだ。
あと一ヶ月、いやあと一週間でもはやく決断していたのならば、シオンはここまで深い心の傷を負わずに済んだかもしれない。
膝を抱え泣いている痛々しい子どもが未だにジンを責める。
「後悔しているのですか?」
意外な言葉がコスモスの口から発せられた。
ジンはコスモスの方を向く。コスモスはジンを見ずに続ける。
「過去を悔やんでもシオンは喜びません。振り返る暇があるのなら他にすることがある筈です」
ジンは苦笑する。
「一本とられましたね。……さて、私は休むことにします」
「おやすみなさい」
「コスモス……。これからもシオンの傍にいてあげてください」
ジンは自分の部屋へと戻るために椅子から立ち上が<ると、コスモスに向かってぺこりと頭を下げた。