024:新しい靴[ジン+シオン]
ミルチア紛争。
あの忌まわしい事件から、兄は年が離れた妹を育てるために星団連邦軍を退役した。
兄は一応仕事はしたが、その収入で食べていけるほどのものではない。
親は十分な財産を残してくれた。兄妹二人くらい働かなくても十分食べていくことはできるのだったが。
ミルチア紛争時、妹は八歳、兄は二十一歳。
そんな妹も十二歳の思春期、難しい年頃になっていた。
「靴?」
「そうですよ。シオンは成長期だから今の靴もう小さいでしょう。新しい靴を買っておきました」
ジンは、袋から新しい靴を取り出しシオンに差し出した。
それをじっと凝視してから、シオンは兄を上目遣いに睨む。
「いらない」
「シオン? 何故です?」
「いらないものはいらない。兄さんが選んだ靴なんていらない」
「なんてことを言うんです。そんなわがままなこと」
「だって、兄さんが選んだ靴なんか履けばみんなに笑われるし。センス無いもん」
「そんな人の目など気にせずとも」
「兄さんは気にしなくても、私は気になるの。通販で買ったのでしょう? どうして商品を選ぶとき私に何も聞かないで勝手に決めちゃうの? いつもいつもそう」
「新しい靴を見せてシオンを驚かそうかと思って。でも、シオンの言うことはもっともですね。今度はちゃんとシオンの意見を聞くことにします」
兄が妹のため良かれと思ってやったことが大抵裏目に出る。
この兄はどうもやることがずれている。
「もういい。これからは私が勝手に注文する。それでいいよね、兄さん」
「いえ、それは駄目です。私も一緒に選びます。もちろんシオンの希望を優先させますが」
「そういう問題じゃない。だいたい兄さんは決まった仕事にも就かないで、この前の仕事だってたった三ヶ月で辞めちゃうし。父さんと母さんの財産を食いつぶすばかりじゃない」
「シオン、それはまだ幼いあなたを育てるためには仕方ないのですよ。私がどんな思いであなたを育てているか」
「私を自分のだらしなさの言い訳にしないでよ。全寮制の学校だって親のそばで暮らせない子どものための施設なんていくらでもあるじゃない。私調べたの。私にも十分、利用資格はあるわ。そうしたら兄さんは軍を辞めなくてもよかったのよ」
シオンは有能な軍人であった兄が自慢だった。歳のはなれた大人の兄は妹にとってあこがれだったのだ。
それが、今はどうだろう。
仕事は長続きせずに、ただ親の財産を食いつぶし、日がな一日、本を読んでいる。
そんなだらしのない兄は見ているだけでいらいらする。
「シオン、まだ幼いあなたにはすぐそばで世話をする家族は大切だったのですよ。あなたを一人で寮に放り込むなんて……」
「やめてよ、兄さん。兄さんはどう頑張っても、父さんにも母さんにもなれない。無駄なのよ。兄さんのやっていることは全部無駄なの」
立ち上がり、シオンは家を飛び出した。
妹のためと思い兄は自分の人生を捨ててきた。それはシオンも理解している。でも、そんなものシオンにとっては重荷でしかなかった。
兄妹の思いはいつも噛み合わない。
だから、シオンは決心する。
さっさとハイスクールを卒業してしまおう。そうすれば、大学に進学できる。兄の元から、この家から離れることができるのだ。
すれ違い兄妹。というか、この兄駄目過ぎ。兄をののしりたくなるシオンの気持ちよくわかります。兄は自分の生き様を見せたほうが、そばにいてうっとうしい世話をやくよりよほど、妹のすこやかな成長には有益だったのではないかと思うんだけどな。