254:サラダ[アレ+Jr.+ジン]
「そっかー!」
アレンは、うんうんとうなづき、本をぱたりと閉じた。そうして、何冊も本を手にとっていく。今では珍しい紙でできた書籍。
シオンの兄ジンは、そんな膨大な量の蔵書を元に古書店を営んでいる。儲かっているかどうかは疑問だが、どれもこれも正当な古典だ。名作といわれている。文字は歴史的仮名遣いというやつだろうか、とても読めない。翻訳機にスキャニングさせて読んでみようと思う。
そんなアレンの様子に、ジンはにっこりと笑う。
「熱心ですね。アレンくんは古典がお好きなんですね」
「はい、教養の一つとして、これくらい」
ははは……とアレンは後頭部を掻きながら照れ笑いをした。
「そうですか。それは良いことです」
そこへ、常連客となったJr.がひょっこり顔を出した。
「どうした? アレンじゃん。急に古典に目覚めたのか?」
「急にだなんて、失礼な。前々から興味はあったんですよ」
アレンは胸をはった。
「ふーん、それもと、ジンに気に入られようとしているのか? まあ、ジンはシオンの……モゴモゴ……」
アレンは慌ててJr.の口を塞いだ。
「ああ、Jr.くんいらっしゃい」
そんな二人の会話など気にする様子もなく、ジンは笑顔で上得意の客を迎えた。
「で、アレン、その本買うのか? なになに? 『サラダ記念日』か」
Jr.は、アレンが手にしている本の背表紙を指さした。
「あ、まだ買うかどうかは」
「ええ、それは名作と呼ばれている短歌集ですよ。よい趣味をしていますね、アレンくんは」
「いや、その……ジンさんにそう言われると嬉しいなぁ」
「『この味がいいね』と君が言ったから七月六日はサラダ記念日
」
「ほう、Jr.くん、さすがですね。よくご存じだ」
「いや、何、このくらいの名作古典は常識さ。……でも、昔のカップルは面白いよなぁ。記念日勝手に作っては、毎年その日になると特別の日だとかいって、イベントにしていたみたいだな。はじめてデートした日、はじめてキスした日、はじめて彼女が料理を作ってくれた日……とか」
「彼女が、料理……?」
そう言うアレンに、Jr.はにやりと笑った。
「そうさ、かわいい彼女がごちそう作ってくれるんだぜ。ピンクのふりふりエプロンしてさ」
「エ、エプロン……」
すでに、アレンの頭の中で、ピンクのエプロン姿をつけたシオンが料理の真っ最中だった。
「おかえりなさい……あなた」
「ただいま、シオン。遅くなってごめん」
「今日は私の方が仕事はやく終わったから、少し手のこんだものをつくろうかと思って」
「すごい、豪勢じゃないか。愛しているよシオン」
「なあに、ニタニタしているんだよ。どーせ、ピンクのエプロン姿のシオンを妄想していたんだろう?」
アレンの妄想は、Jr.の声でぶった切られた。
「な、な、なにを……。そんなこと、僕が考えるわけ」
裏返った声にJr.は吹き出した。
「無理すんなよ」
Jr.はちらりと蔵書の整理をしているジンの後ろ姿を確認して、アレンの耳元に口を寄せひそひそ声でささやいた。
「な、アレン……裸エプロンって知っているか?」
「はだか……エプロン?」
アレンもひそひそ声で答えた。
「ああ、やはり古典の世界によ、出てくるんだけどよ。新婚のラブラブ妻がささ、夫が帰ってくると、裸でエプロン一つつけて料理しているんだぜ。風流だよなぁ」
「な……な……」
アレンの顔が見る見るうちに赤くなっていった。Jr.はにやりと意地悪く笑った。
「また、妄想したな」
「ち、ちが……」
違わなかった。エプロン以外何も身に着けていないシオンの姿が、瞼にしっかり焼き付いていた。
その夜、アレンは夢を見た。
「ただいま、アレンくん」
「あ、おかえりなさい、主任。今日、僕はたまたま仕事はやく終わったんで、おいしいもの主任に食べさせてあげようかと思って」
「ふーん、アレンくん、やればできるじゃない」
「いやー、そんな」
アレンは、後頭部に手のひらを当て俯いた。ピンクのふりふりが目に入った。
え……???
そして、あらためて気がつく。ピンクのエプロン以外何も身に着けていないことを。