210:生意気[ジン*ペレ]
久しぶりに二人で食事をした。
ペレグリーの口から珍しく愚痴がこぼれた。
話を聞いて、ジンは目を丸くした。
「酔っていたとはいえ、そんな感覚の人まだいるんだ。『女のくせに生意気だ』なんて」
ペレグリーは頬杖ついて、ジンのグラスにワインを注いだ。
「まあね。一々それにむっとしている私も大人げないけど」
「個人の評価を性別でバイアスをかけることは禁止されているのですけどね。でも、今回の抜擢は男女差無く公正に能力だけを評価するマーグリス大佐らしいと思いましたけれど」
「公正ねぇ」
「どうしましたか?」
「別に……」
ジンはにっこり笑いワイングラスに口をつける。
「あなたのおっしゃりたいことは分かりますよ。あの人は、どんなに能力が高くても、自分のやり方に異議をとなえる部下は徹底的に排除してきていますからね」
「多分、ジンもそうなんでしょうけれど、私は今のところ大佐の判断に間違いはないと感じているし、彼の語る理想に感銘もする。だからついていくわ。でも、端から見れば私たちはただのイエスマンにしか見えないのかもしれないわね。優遇されるのはそういった理由で、自分が思っているほどの能力なんてないのかもしれない」
「いえ、あの人はどんなに従順でも能力の無い人間は使おうとしませんから、そんなことはないと思いますよ。でも……」
「でも?」
「大佐はあらゆることに有能だし、誰よりも強い。人を惹きつける強烈なカリスマ性もあります。だからこそ、他人を頼ることをしない。他人を信じることをしない。私やあなたのことすら彼は頼ったりしないでしょう。私たちは今のところ彼にとってただの扱いやすい駒なんですよ。基本的に信じられていないんだと思います」
「では、いつか大佐に頼ってもらえるようにならないとね」
「ええ」
ジンは目を伏せた。
大佐に頼ってもらう。それは、あり得ないことだと感じていた。ジンやペレグリーの問題ではなくて大佐そのものの問題なのだから、二人が努力したところでどうにもならない。
マーグリスとジンの武術の師である祖父は、人に頼ること誰かの助けを期待することも必要なのだと何度と無く説いた。でも、マーグリスは頑なに自分のやり方に固執する。自分の信念を曲げようとはしなかった。
食事を終え外へ出る。
ジンは夜空を仰いだ。街明かりに掻き消され星は見えない。
夜風が心地よい。暑くもなく寒くもなく。温暖な土地だ。
人類が宇宙に出て、惑星間を気楽にそれこそ有名レストランを尋ねるために宇宙船に乗るようになって、人は贅沢に惑星を使うようになった。人が住むのに快適な場所にしか街を作らない。
ここもそんな街の一つだ。
「ここのお店おいしかったわね」
ジンは振り返る。
「また来ましょうね。それと、実は打ち合わせの予定が入っていましてね、ここでお別れします。お送りもできなくて申し訳ありません」
「いいのよ、気にしなくて。お互い忙しいのだし。任務……?」
「ええ、まあそんなところですが、細かいことはあなたでも」
「当然よね。それもお互い様だし」
ジンとペレグリーは目を合わしてくすりと笑う。そして、お互い背中を向け別方向に分かれ歩き出す。
「さあてと、本部に戻りますか。にしても、ヘルマー中将直々の呼び出しですか。いったい、何が始まるというのです?」
何かが急激に動き出している。暗く不気味な闇が見え隠れしている。その大きさは計り知れない。そんな不安感から意識を逸らし、ジンはヘルマーの待つ本部へと急いだ。