158:秋[ジン*ペレ]
頁をめくる。
天然の植物からつくられたものであろうが合成紙であろうが、紙でできた本が廃れないのは人々がノスタルジックなものを好むせいだけではない。
読みやすいのだ。
指先に感じる紙のさらりとした触り心地。頁をめくるときにふわりと立ち上がるにおい。
自分のペースで文字を追い、行間を読みとく。
特に古い本を開いた時の独特においは、受け継いだかもしれない先人達の記憶を呼び覚まそうとするかのようだ。
「随分と熱心ね」
ヘッドボードに背中を預け本を読んでいたジンは、寝ていると思いこんでいた相手から突然にかけられた言葉に視線を落とした。寝そべりジンを見上げるペレグリーと目が合った。
ブックライトで手元のみを照らしていたのだが、敏感な人間ならばその気配だけで目を覚ましてしまう可能性はある。
「あ、すみません。起こしてしまいましたか?」
「違うわ。ただ普通に目が覚めただけ」
「でも、気になりますよね。私もすぐに寝ますから」
「気にしなくていいわよ。キリの良いところまで読んでからで。でも、睡眠不足はよくないわ」
ジンは、分厚い本を閉じ、ペレグリーに微笑んだ。
「丁度、キリの良いところでしたから」
ペレグリーは横たわったまま肩肘で頭を支え、ジンの持つ本の背表紙を指でなぞった。
「え……と。『ロストエルサレムの生活――季節の伝承』……? 何これ?」
「祖父の蔵書ですよ。まあ、役に立つ立たないではまちがいなく後者なんですが。今時」
「そうよね。季節って言ったって、ここは秋だけどフィフスエルサレム一つとってみても、地方によって気候はバラバラだし。こういった季節的行事が重要視されるってことは、それだけ世界が狭いからってことね」
「その通りですね。でも、こうして古代史に関する本を読んでいますと、今の方が世界が広くなったという感じがしないんですよ」
ペレグリーはごそごそと寝返りを打って口許で小さく笑った。
「最近一日一冊ペースよね。なんか、現実逃避っぽく見えるんだけど?」
「きついな……。図星なだけに」
ジンは苦笑した。
ペレグリーは身体を起こし、ガウンをはおりベッドから降りる。
「起きていたらお腹すいちゃったわ」
「こんな夜遅くに食べたりしたら、身体に悪いですよ」
「クッキーとミルクくらいなら問題ないと思うけど?」
そう言いながら、ペレグリーは冷蔵庫からミルクを取り出し温める。
「どうやら、ペレグリーには読書の秋より食欲の秋のようですね。太らなければいいんですけど」
そう呟いたジンの言葉はペレグリーの耳には幸いにも届いていなかった。