238:止まらない[黒+赤]
「誰か、誰か手を貸してくれ。止まらないんだ。ニグレドの血が止まらないんだ」
「も、もういいよ、ルベド。いいんだ」
「馬鹿っ、あきらめちゃ駄目だ! 俺が、俺が悪いんだ。リーダーなのに、連携(リンク)を遮断したから。だから、アルベドが。あいつは、俺のかけら……右胸の鼓動。なのに……」
らしくないぞ。
何、泣きべそかいている。
おまえは、兄貴で、リーダーだろう。
なあ、ルベド。
夢を見る。
最近、頻繁に。
起きるにはまだはやい。
上半身を起こし、ガイナンは薄暗い部屋の天井をぼんやりと見つめた。
足下からの淡いスリープライトに照らされたオブジェが、天井で揺らめいている。
うっ……。ガイナンはうつむき額に手のひらを当てた。
頭痛だ。
たまに起こる。
何者かの意識が扉を無理やりこじ開け入り込もうとしているかのようだ。
まさか。
頭を振って、その浮かんだ考えを否定する。
そう、ありえない。
遺伝子上の父親であるユーリエフが転生するための憑代となることを拒絶した。
父親は自分の手で撃ち殺したのだ。
あの時、汚染され暴走する標準体を一人で始末した。
最後に対峙したのはアルベド。
それが、自分の処刑人としての最初で最後の仕事だった。
だが、Jr.は言う。
「あいつは生きている」
と。
「シェリィ。その毛布どうするんだ?」
Jr.の執務室の前でガイナンは毛布を手にしたシェリィに声をかけた。
「ガイナン様? はい、ちび様が」
「Jr.がどうした?」
「ご覧になってみてください」
言われてガイナンは、シェリィ後に続き、Jr.の執務室に入っていった。
Jr.は執務室のソファにごろりと寝そべっている。寝ているようだ。
「ちび様、本当はデスクに突っ伏して寝ていたのです。それで、ソファまで運び、毛布をとりにいったのです」
ガイナンは笑った。
「起こそうという選択肢はなかったのか?」
「ちび様、帰還されたばかりで、お疲れでしょうし。お仕事の方も終わらせてあるようですので、会議まで寝かせてさしあげたほうが」
ガイナンはデスクを確認する。確かに書類は整えられている。
シェリィに毛布をかけられて、身じろぐこともない。熟睡しているようだった。
あどけない、子どもの寝顔。
「シェリィ、寝かせておいてもいいが、会議に遅刻はさせるなよ」
「かしこまりました。ガイナン様」
ガイナンはくるりと背を向け、執務室を出た。
俺の存在が、おまえにとっての厄災とならないことを。
なぜか、そう祈らずにはいられなかった。
アルベド……おまえは知っている。
処刑人である俺の姿を。
――よかったね、ニグレド。ルベドに“処刑人”としての姿を見られなくて。