230:階段[ジン+師+マグ]
実力の差は歴然としていた。
その男との力の差は決して縮まることはなかった。日々の修練を重ね、ジンとて確実に上達はしている。一つ技を取得すれ一段上へ。そうして一歩ずつ階段を登っていく。しかし、その男は、ジンが登った分だけ、一段でも二段でも必ずジンよりも上段に立ちジンを見下ろし不敵に笑う。
ジンにとって、それは一生かかっても縮めることのかなわぬ力の差だと思えた。
いや、もしかすると、そう思っていたかっただけのかもしれまない。
その方が楽だったのだ。
「待ちなさい」
わずか数時間の滞在ではあったが久しぶりの帰省。帰り際に剣の師である祖父に呼び止められる。
「何でしょうか」
「あの男マーグリスはおまえの上官にあたるのか」
ジンはそのことを祖父に説明してはいなかった。兄弟子であるマーグリスと祖父の間に確執があることは気がついていた。気にはなっていたが、それについて追求しようという気はおきなかった。祖父は祖父、自分は自分だ。祖父とマーグリスの関係がどうであれ、自分と彼の上官と部下、あるいは歳の離れた数少ない友人としての関係が変わるわけではない。
「ご存じでしたか」
「調べればすぐにわかる」
「そうですね」
ジンは苦笑した。
「あやつはどうしておる?」
「相変わらず強い剣ですよ。人使いの荒い上官ですが、それでもよくしていただいています」
「そうか」
師は思案するようにうつむき目を閉じた。
「何か?」
師は顔を上げ開きジンに視線を向けた。全身に緊張が走る。老いてもなお、その眼光の鋭さは衰えてはいない。
「あれは、常に独りだ。強いあまり何もかも自分一人でやろうとする。力を過信しすぎているのだ。何度説いてもそのことを理解できていない。しようとしない」
「あれだけ圧倒的な強さがあれば、無理もないでしょう。下手な助けは足を引っ張ることになりかねませんから。私は一生かかっても彼に追いつける気はしません。それほど強い」
「違う、ジン。おまえの実力はすでにあれに肉迫している。人に頼ることを覚えぬ限りあの男の剣は自らを破滅へと導く。すべて儂の責任だ」
「それは?」
「今ならまだ間に合う。ジン……頼む」
目を逸らし苦渋の表情を浮かべる師にジンはかけるべき言葉を見つけることはできなかった。
ラピュリントス。
U-TIC機関の警備兵をほぼ振り切ったところで、その男は待ちかまえていた。簡単には逃がしてくれないようだ。
「貴様、何の真似だ?」
「大佐、こんなところでお会いするとは。……見逃してくれませんか?」
「ふざけるな」
「困ったな」
そう言いながら、ジンはぐるりと周囲を見渡した。今は、まだ決着をつける時ではない。生きてここから脱出することが最優先事項なのだ。
「ウヅキ……まだ間に合う。俺の下に来い」
「何を言い出すかと思ったら、このシチュエーションでスカウトですか?」
「知っているはずだ。貴様の両親も……妹も俺の手中にある。もう一度俺の役に立て」
「脅迫……ですか?」
ジンは口元にうっすらと笑みを浮かべた。顔を上げ男にまっすぐ視線を向ける。
男は不快そうに眉間にしわを寄せた。
「なんだ、その反抗的な目は。実に不快だ。それが、貴様の答えというわけか。ならば、排除するのみ」
「私は……私は祖父の剣を裏切るわけにはいかないのだ」
ジンは凛として言い放った。
「言ってくれるわ、若造が」
抜刀し一気に間合いを詰める男を鋭く見据え、ジンは鍔に親指をかけ攻撃態勢に入る。
ラピュリントスの張りつめた空気に弾き合う刀と刀の音が高く鳴り響いた。