220:不死[黒+黄]
手にしていた本を閉じてニグレドは窓の外を眺めた。中庭の木々が風に揺れている。
「コーヒー飲む?」
シトリンが、本棚の影からコーヒーを二つ持ってあらわれた。
「ありがとう」
「どうしたの? なんか変よ」
「いや、今日ちょっとショッキングなことがあってね。僕やルベドやアルベドにとってもね」
「どんな?」
あれは、衝撃的な映像だった。
ルベドとニグレドの目の前で、アルベドは自分の頭を銃で吹き飛ばしたのだ。二人は悲鳴を上げるが、あっという間にアルベドは自分の頭を再生して見せる。
ルベドはアルベドを殴り飛ばした。
再生能力はアルベドだけの特殊能力だと。ルベドもニグレドも同じことをすれば、死んでしまうのだ。
その現実はアルベドに強いショックを与えた。アルベドが目の前で頭を吹き飛ばす様子を見せられたルベドやニグレドよりも、ショックは大きかった。
混乱し動揺するアルベドをルベドはなんとか落ち着かせ、眠ってくれるまで側にいるという。
「へえ、、そんな能力が本当にあるのね」
「うん」
「見たかったわ。今度実演してくれないかな」
しれっと、とんでもないことを言い出すシトリンに、ニグレドは慌てた。
「やめたほうがいいよ。見ていて気分のいいものじゃない。ほとんどスプラッタだし」
「でも、あっという間に再生しちゃうんでしょう? なんか、便利でうらやましい。ねえ、どんなふうに再生するの? 見せてくれるようにニグレドからもお願いしてみてよ」
興味津々な様子で身を乗り出してくるシトリンにニグレドはたじたじとする。
「だから、見せ物じゃないんだから。もう、僕だからいいようなものの、ルベドには絶対そんなこと言うなよ」
まったく、シトリンのこんな発言がルベドの耳に入ったら、たとえ女の子であっても殴りかねない。
「そう……、残念だけど、仕方ないわね」
「残念とかいう次元じゃ……」
「でも、頭を吹き飛ばしたから、頭が再生するわけよね。手足を吹き飛ばしたら手足が再生するんでしょう? 胴体を吹き飛ばしたら胴体ってことよね」
まだ、この話題を引きずっていたいらしい。なんとか話題を変えられないかと思案しつつ、ニグレドは素っ気なく返答する。
「たぶん」
「じゃあ、身体を真ん中あたりからまっぷたつにしたらどうなると思う? 吹き飛ばすんじゃなくて」
ニグレドは思わずコーヒーを吹いた。顔を上げればシトリンはにこにこ笑っている。
「な、なにを……」
シトリンはいかにも女の子らしい仕草で人差し指を顎にあて、宙を見つめ考えている。
「下半身からは上半身がはえて、上半身から下半身がはえるのかしら……。アルベドが二人?」
「んなことあるわけないだろう! ヒトデじゃあるまいし」
「そうよね。……では、どうなると思うの? ニグレドは」
「どうなるって……」
確かにどうなるのだろう。
ニグレドはうつむき、黙り込んでしまった。
シトリンは下からのぞき込む。
「もう、ニグレドったら生真面目なんだから。そんなこと悩むと夜眠れなくならわよ。さてと、私はもう少し調整があるみたいだから、失礼するわね」
シトリンはくすくす笑いながら、部屋から出ていった。
一人残ったニグレドは、今日はもう休んだ方がよさそうだとふらりと立ち上がった。
その夜、ニグレドは悪夢にうなされた。アルベドが次々に分裂し際限なく増え続けるという悪夢に。