212:新しい仲間[黒+黄]
「はじめまして、666ルベド。私はU.R.T.V.668。シトリンと呼んでくれていいわ」
666からはじまり、669で終わる標準体とは比較できないほどの強い波動を持つ変異体は四名。
変異体668は、なんらかの事情で抹消され欠番だと思っていた。女子棟があるのだから、その可能性を考えてもよかったのに。
変異体であるシトリンは、女性体のリーダーだと聞いた。
U.R.T.V.は皆同じ顔をしている。特に665までの標準体は、人格を共有した一塊りの自我だというだけあってその外見も区別がつかない。髪の色も目の色も肌の色も皆同じだ。変異体であるルベド、アルベド、ニグレドの三人だけは、髪と虹彩の色が他と違いそれが個性となっていた。基本的顔の骨格にズレはない。同じ型を用い着色を変える。それだけのように思う。
はじめて見る女性体。
彼女と自分たち男性体の差異を考えたら標準体と変異体の差異など無いに等しい。
でも、彼女はより自分に近いのだとニグレドは直感した。ルベドやアルベドたちよりも、シトリンは自分と同質のにおいを纏っている。そのことはニグレドを不安にさせた。
「ついさっき、また、女子棟の一人が抹消されたようだ」
「そのようね。女性体はなぜあんなにも不安定なのかしら」
職員たちの会話を小耳に挟んだ。
男性体もかなりの数の標準体が始末されている。特にウ・ドゥシミュレータ内で汚染され、抹消されるなど日常茶飯事であり、一々感情をかき乱されることはなかった。自分たちも標準体もその死を悼むなんてことはない。
でも、抹消されるのが標準体ではなくて、ルベドやアルベドだとしたらどうだっただろうか。
アルベドは……変異体の中でも自分だけが死ねないと知り、変わった。ルベドとニグレドのだと、施設の裏庭に墓を掘っていた。何かに憑かれたように。
ニグレドは裏庭をゆっくりと歩く。
アルベドが墓を掘っていた場所の側でにU.R.T.V.標準体の少女がたたずんでいた。手が土で汚れている。何をしていたのだろう。
声をかけると少女はゆっくりと振り向き、無感情な瞳をニグレドに向けた。
「君……何をしていたの?」
「お墓……つくっていた」
「墓……?」
まさか、アルベドの真似をしたというのだろうか。意味もなく形だけ。
「そう、あの子の……お墓」
「あの子って……」
と言いかけてはっとする。
――女子棟の一人が抹消されたようだ。
「何をしているの? 498。訓練がはじまるわ」
いきなり現れた女性体リーダーの姿を認めると、498の少女は少し怯えた表情を見せ、うつむいた。
「シトリン?」
「あら、ニグレドも一緒だったの?」
「この子、お墓をつくっていたらしい」
「墓?」
「あ、聞いたよ。また、女性体のU.R.T.V.が抹消されたって。だから……」
シトリンは不快そうに眉を寄せた。
「くだらない。波動を制御できずに命を落としても、自分の責任でしかないわ。……さあ、いくわよ」
シトリンは少女の手首を掴み、そのまま施設の方へと引っ張っていった。
二人の後ろ姿を見送って、ニグレドは作りかけの墓を見る。
シトリンは女性体の中でたった一人の変異体だという。三人の変異体同士で人間関係らしきものをつくれる自分たちはまだましなのかもしれない。
彼女はたった一人。そして、669以降ユーリエフの遺伝子を持つU.R.T.Vが生み出されることはもう無い。女性体、男性体のいずれにも新しいメンバーが加わることはない。。
ニグレドは彼女の孤独に思う。
その時……ルベドもニグレドもいずれ死ぬのだと知って絶望したアルベドと彼を優しく慰めるルベドの姿がはっきりと目に浮かんでいた。その二人に切り離しがたい強い絆を見てしまい、疎外感と耐え難い孤独感を味わったのは誰だったのか。
そんな自分が彼女に同情とはお笑いぐさだ。
ニグレドは自嘲の笑みを浮かべ、墓に背を向けた。