165:パニック![エルザメンバー]
「うーん、おっかしーな」
ディスプレイを見つめながら、ハマーは腕を組んだ。
「どうした? ハマー」
マシューズが覗き込む。
「生命反応があるッスよ」
「おい、何を一緒に乗船させちまったんだよ!」
「ま、大きさとこの動きから推測すれば、……虫。ということで、実害ないと思うッスけどね。どうします? 船長」
マシューズは腕を組んで考え込む。
「まあ、放置でいいか。実害ないんならよ」
それが、間違いだった。
「きゃぁーーーーっ!!」
雑巾を裂く……もとい、絹を裂くような悲鳴がエルザ船内に鳴り響いた。
キッチンだった。確かキッチンでは、シオンとモモが料理を作っていたはずだ。
「どうしました? 主任」
血相を変えて真っ先にかけつけたのはアレンだった。何故かボウガンのようなものまで手にしている。
「アレンくん、ゴキ、ゴキ……」
言われて床を見れば、ちょろちょろとなにやら黒い虫が這いずっている。
「ゴキって?」
「いやーーっ。大嫌いなのよ、気持ち悪い!」
「あの黒い虫ですね。主任を叫ばせるなんて、許せない。覚悟!」
といきなりボウガンを発射した。
どかんっ!
弾頭に爆発物も仕込んであったようで、壁が三十センチ四方くらい爆破された。
しかし、間一髪で逃れたゴキブリはすごいスピードで壁を這っていく。そこへタイミング良く自動ドアが開きコスモスが入ってくる。その隙にゴキブリは外へ逃げていった。、
「どうしましたか? シオン。爆発音が聞こえましたが」
コスモスが落ち着いた声音で訊いた。
「ゴキブリよ、ゴキブリがいたのよ」
「ゴキブリ。さきほどキッチンから外へと飛び出していった黒い昆虫は確かにゴキブリでした。正確には、クロゴキブリ(Periplaneta fuliginosa)です。体調は三十ミリから三十五ミリくらいですので、成虫としてはごく平均的な大きさだと思われます。かつてロストエルサレムでは代表的な家屋性害虫種として、繁栄した種でした。ゴキブリは生きた化石と呼ばれていて、生きた化石を大切にするロストエルサレムでも、ゴキブリはスリッパで叩き殺して構わないものと認識されていたようです」
「もう、そんなことはどうでもいいのよ。とにかく何とかしてよ! コスモス」
「それは、駆除しろということでしょうか?」
「そう、はやくやっつけて」
「了解しました。シオン」
コスモスはさっそうとキッチンから出ていった。続いて、なぜか対抗意識丸出しのアレンが後を追いかけていった。
モモはきょとんとした表情でシオンを見上げた。シオンの顔は青ざめていた。よほど苦手らしい。
「シオン……よく、ゴキブリなんて知っていますね。今時、普通の家にはいませんけど」
「普通の家ではないウヅキの実家ではよくいたのよ。構造的に外からの侵入を阻めいとんでもない木造家屋だったの。ああ、子供時代のトラウマが……」
一方、ゴキブリを追いかけていったコスモスとアレン。
「主任の敵、観念しろ!」
「T・ARTS1で攻撃しましたが、駆除できませんでした。今度はT・ARTS2で攻撃します」
エルザ艦内に爆音が派手に轟いた。
マシューズとケイオスが慌てて駆けつける。
「何をやっているんだ! 俺の船を壊すな」
「シオンの命令です。船長、下がっていてください。妨害する者は容赦しません」
「たとえあなたを敵に回しても主任を守り抜く!」
二人の攻撃から逃れたゴキブリがまた壁を走っていった。コスモスとアレンが攻撃の構えをするより早く、ゴキブリが壁から床へとすとんと落ちた。
涼しい顔をして、ケイオスがゴキブリに近づいた。
ケイオスがVTを発射したのだ。
麻痺したゴキブリを拾い上げ、電子虫籠へと放り込みケイオスはため息をついた。
「駄目ですよ。ゴキブリだって貴重な野生生物です。むやみに殺しては軽犯罪法にひっかかるんですよ」
そこへ、シオンが入ってくる。
「ありがとう、ケイオスくん。ゴキブリを捕まえてくれて。……にしても、すごい惨状ね。コスモス……命令の仕方が悪かったわ。パニックを起こしていたとはいえ、私の責任よ。……でも、アレンくん、あなたに船を破壊してまでゴキブリを捕まえてなんて一言もお願いしていないのよ。きちんと片づけて、修繕しておいてね」
「しゅ、主任……」
「さてと、モモちゃんと料理つくらないとね……」
シオンはくるりと背中を向け、軽い足取りでキッチンへと戻っていった。
ケイオスは笑いを噛み殺しながら、今にも泣きそうな表情で呆然と立ちつくすアレンの肩を慰めるように叩いた。
自分で書いていてアレですが、アレンくん……可哀想すぎる(笑)