160:深[シオン+アレン+ジン]
年末も年始もお盆も今の時代関係ない。
社員まとめて長期休暇を取る時代ではないのだ。みなバラバラに己の都合に合わせ休みをとる。
データ整理に一区切りつき休憩をとる。
「アレンくん。休憩しましょう。ただし、五分よ。悪いけど徹夜かもしれないわね」
「はい、主任。承知しています。あと少しなんですから、今夜はとことん付き合いますよ」
「気のせいかしら? 妙に嬉しそうに見えるけど?」
言われてアレンは照れ笑いを浮かべ頭を掻いた。
仕事とはいえ、主任と二人っきりだ。本当は別室にスタッフが控えているのだが、今のこの部屋にいるのは二人だけなのだ。嬉しくないはずはない。
「や、やだな主任。でも、対グノーシス専用としては初の戦闘艦ヴォクリンデの公開試験運転に我々とコスモスの搭乗が命じられたんですよ。責任重大です」
「まあね、それにしても八割方未装備のままだろうし。いくらグノーシス発生宙域じゃないとはいってもね。それに肝心のコスモスが……」
シオンは盛大にため息をついた。
「主任。あと半年はあるんですよ。それまでにコスモスを起動成功させようとこうしてがんばっているんじゃないですか」
「そうね……」
と、その時通信が入った。
シオンは何事とスクリーンを立ち上げる。
スクリーンに映し出された人物を見て、シオンの表情が固まった。
後ろからアレンも覗き込んだ。
長い黒紙の男性。これは、もしかして……お、お義兄さん?
アレンは無意識のうちに姿勢を正し軽く咳払いをする。
「シオン、今年の年末年始はどうするのですか?」
「に、兄さん! 何よ」
「何よではありません。年末年始は実家へ帰り家族揃って初詣へ行きます。それがウヅキ家のしきたりです」
「しきたり?」
シオンの素っ頓狂な声などお構いなしに彼女の実兄ジンは続ける。
「それと、書き初めを披露したいと思います。習作ですがご覧になりますか?」
と、いきなりカメラがひいていく。どういった意味があるのか模様のような怪しい古代文字が書かれた白い紙が映し出されていた。
「なんなのよ! それが神代文字っていうやつ? 超古代の変な風習をどこからひっぱりだしたのよ!」
シオンの抗議などまったく意に介さずジンはおっとりと笑んだ。
「もう一つ。帰省したら私がお年玉を上げます」
「お……お年玉?」
その裏返った声にアレンはびくっとしてシオンの顔を覗き込んだ。
わなわなという音が聞こえてきそうな表情だった。
「そうです。お年玉というのは、その年はじめてもらう少しまとまったお小遣いのことですよ。こーんな袋に入れてね」
ジンはポチ袋をぴらぴらと振っている。アレンの耳にシオンのすぅーーーと息を吸い込む音が聞こえた。
「何で、ヴェクター社の主任である私が、フリーターでしかない兄さんにお小遣いをもらわなくちゃいけないのよ! この忙しい時につまらない通信をいれないでよね! あーーー! もうイライラする。コスモスの起動が間に合わなかったら兄さんのせいだからね!」
怒り心頭に発したシオンは一方的にまくしたて、最後に叩きつけるように通信を切った。
アレンは恐る恐る横を向く。シオンは肩で息をしていた。
そのすさまじい形相に、この兄妹の深い溝……いや、絆を感じ、胸中で「頑張ろう」と呟きある決心を固めたアレンだった。
佐藤さんからいただいた楽しい年賀イラストから生まれた小話です。