005:サクラ[マグ+ジン]
道場から、さほど遠くない川沿いにある土手をその男は歩く。
身を切る寒風。凍てつく暗い夜道。吐く息が白かった。
手に入れたいもの、それがあと少しなのに届かない。目の前にあるのに触れることすらできない。
その進展のない現状に彼は苛立っていた。そして焦ってさえいた。
それさえ手に入れることができればあの老いぼれとも……とマーグリスは唇を噛んだ。
「大佐」
不意に背中からかけられた声に振り返れば、黒髪の青年が立っていた。
「ウヅキ……貴様か」
苦々しげに吐き捨てる。
まったく、上官の後ろに近づくときにけはいを消すなと何度言ったらわかるのだ。こいつは。
冴え冴えとした月光に照らされ青年は薄く笑い、土手から流れる河へとゆっくりと視線を移した。
マーグリスもその視線の先を追う。
真冬の澄み切った空気に月の輝きはより強くなる。
水面に浮かぶは月の氷。
ウヅキと呼ばれた青年はマーグリスに視線を戻し言った。
「夜桜見物には、いくらなんでも早すぎますが」
「夜桜?」
マーグリスは怪訝な表情をした。
青年は傍にある樹の細い枝をつまみ、目を細めた。繊細な指使いで確認するようにその芽に触れる。
「桜の樹ですよ。一度、あなたも一緒にここで花見をしたことがあったでしょうに」
「ああ、そんなこともあったかもしれんな。花が咲いていなければ、何の木だかさっぱりわからん」
「……あと、二ヶ月半くらいかな?」
「何が二ヶ月半だって?」
マーグリスの顔色が変わった。
「花が咲くまでですよ。今年はたぶん例年より早い」
「何故わかる?」
「花芽に触れれば、だいたいわかります」
マーグリスは声を立てて笑った。
「傑作だなウヅキ。実に無駄な知識だ。相変わらず貴様というやつは、まったく役にも立たない知識を積みあげていく」
「その通りですね。有能な軍人には意味のない知識です。わかってはいるのですけどね」
一通り笑い終えてから、マーグリスは訊いた。
「で、何の用だ? あとをつけてきたのは話があったからだろう」
「師と何を話していたのです?」
まっすぐ見据えるように向けられた青年の視線。
マーグリスは腕を組んで鼻であしらう。
「師に直接訊いたらどうだ?」
「教えてくれるはずありませんよ。大佐もご存じでしょう?」
「俺が教えるとでも?」
「さあ」
どうでもいいことのように青年は口許だけで笑い目を伏せた。
奇妙な違和感。
マーグリスは目の前にいるよく知った青年の正体を疑った。
これは、自分のよく知るジン・ウヅキなのだろうか。
指を伸ばし青年の顎を掴み自分の方へ向けさせる。
その瞳にいつもと違う光を確かに感じ取ってマーグリスは眉をひそめた。
指をはずし、くるりと青年に背を向け歩き出す。
「来い」
「あの……大佐?」
「身体が冷え切った。ここは立ち話をするところではない」
そう言いながら立ち止まり振り返る。マーグリスは目を見開いた。
無数の花びらが青年の周りを舞っていた。透明な月の光を受け銀色に輝きながら、はらはらと。その桜吹雪の中青年はたたずんでいる。
いや、そんなはずはない。
これは、幻視だ。
青年は手のひらを上に向け落ちてくる花びらを一枚握りしめる。そして、ゆっくりと握り込んだ手のひらを開き言った。
「ああ、冷えると思ったら風花だ」
その声にマーグリスは我に返る。
どうかしている。
もう一度青年に背を向け歩きはじめる。
「ぐずぐずしていると置いて行くぞ」
青年がついてくることを確認し、徐々に歩を速めた。
そう、確かめたかった。確かめなければいけない。有能で、そして誰よりも従順な部下であるはずのこの青年のことを。
だが、何を?
ジンを書いていて、一番困ることは、どうもヒュウガ(シタン)と混同しちゃうんですね。これも、かなりヒュウガ入っているような気が。キャラがまったく違うんだけど、どうも見た目の第一印象に惑わされます。ジンはヒュウガ(シタン)と違って、思いっきりヘタレキャラで、完全に脇役です。今のところですが。ネスもそうですけど、ヘタレキャラは嫌いではないですけどね。3でどうばけてくれるのかくれないのか気になるところです。