121:夏[シオン]
スキップを繰り返し考えられる最短の時間でハイスクールを卒業した。
これで、やっとこの家からでることができる。
そのために、一生懸命がんばっだのだ。
もちろん、やりたいこと学びたいことはたくさんあったけれど、本当は、ただただ兄の側から離れたかった。
大学入学を控え、毎日少しずつ自分の部屋を整理する。
微妙な角度で射し込む西日が、部屋をオレンジ色に染めていた。
第二ミルチアでは珍しい和風建築の家だ。
畳の敷き詰められた部屋。ぺたりと床に座り込み、必要なものと不要なものに分けていく。
ほとんどは必要のないものばかり。棄てる箱がいくつも積み上がっていった。
兄さんが買ってくれたけど、気に入らなくて一度も着なかった服や靴。
好きになれなかった誕生日プレゼントのぬいぐるみ。ただ兄さんが選んだものだったからという理由で、拒否していただけのものだったのかもしれない。
でも、それだって当然。原因は兄さんにあるんだから。「私は悪くない」シオンは呟いた。
顔を上げれば、机の上にちょこんと座っているうーくんと目があった。これも、兄のプレゼントだ。だけど、これは特別。
まだ小さかったころ、お父さんがうーくんのぬいぐるみを買ってくれた。
あのうーくんはもう失われてしまったから。二度とこの腕で抱きしめることはできないから。
だから、これは仕方ない。
大学の寮へ送る荷物は、とりあえずの服とうーくんだけで十分だ。
シオンはうーくんのぬいぐるみにに手を伸ばす。
ぬいぐるみをとろうとしたとき、何かがひっかかったのだろう。
机の上の本棚か本が崩れて床にどさりと落ちた。
いや、本でもノートでもない。
これは、アルバムだ。
誰の趣味なのかセピア色の写真が貼り付けられている。
旧ミルチアから兄が持ち出した、思い出のアルバム。
たぶん、もう何年もページを開いていない。
落ちたはずみで開かれたページには、浴衣を着た兄妹のスナップ写真があった。
なんとなく、思い出す。
これは、花火大会だ。
ひゅーと高く打ち上げられ、丸く大きく広がる。
地面を揺らすような大きな音に思わず耳を塞いだ。
いくつも、いくつも、次から次へと、華やかな花火が夜空で花開く。
夜空で咲く火の花に見入っている小さな女の子。
そんな妹を腕に抱いたアルバムの中の兄は優しくシオンに微笑みかけていた。