265:壊れ物注意 [ジン+シオン]
第二ミルチアの夜の繁華街のいつもと違うイルミネーションに、今年も残すところ数日で新しい年を迎えるのだとジンは気づく。
もっとも、年末年始だからといって、特別なイベントなど何もない。今年も一人だ。唯一の家族、シオンは家には帰ってこない。
そういえば、まだ祖父が健在だったころは元日の朝、初日の出を見に海岸へいくことを毎年欠かさなかった。夜明け前の真っ暗な早朝、眠たげなシオンと祖父とジンの三人で海岸へと向かう。
幹線道路の路肩に車を止め、徒歩で15分ほど歩けば海岸へと出る。
真っ暗だった水平線がぼんやりと茜色に縁取られ太陽が顔を出せば、あっという間に闇は消えていく。徐々に上っていく太陽に海面はきらきらと輝き、その美しさと眩しさに目を細めた。
祖父は合掌し目を閉じる。
幼い妹も祖父の真似をし小さな掌を合わす。早朝の太陽を逆光に金色に縁取られた二人が佇んでいた。ジンも祈りを捧げるように手を合わせ目を閉じた。
帰り道、シオンはさすがに疲れた様子だった。ジンはシオンをおぶう。
最初のうちシオンは色々な話をしてくれた。習ったばかりの数式のこと、最近仲良くなったお友達のこと。取り留めのないおしゃべりが続いた。
あの頃のシオンは、まだ兄を避けるようなことはなかった。普通に話をするし甘えもしたのだ。
やがて、背中の重みが増しおしゃべりが途切れたことに気づきジンは声をかける。
「シオン?」
返事はない。耳元で寝息が規則正しく繰り返されていた。首を回しシオンを見た。片頬を肩に押しつけシオンは目を閉じていた。
シオンの穏やかで満ち足りたような寝顔にジンはつられるように微笑んだ。
幸せそうな……まさにその言葉が一番ぴったりくる。
でも、それは自分の都合のよい思いこみでしかないのだと、ジンは浮かんだ印象を強く否定する。
一見幸せそうに見えるのは、いくつかの記憶を失っているから。まだ幼すぎて多くのことを理解できなかったから。
あのミルチア紛争の、父と兄がどのような立場で何を思い何をしていたか、本当のところは何も知らない。本当のことを知ってしまったら許してもらえない。もう、一生、兄として認めてもらえないような気がした。
真実を知られることを恐れながら、壊れ物のように接していたのだろう。不自然なほどに。
だから、シオンは敏感に感じ取ってしまったのかもしれない。兄が何かを隠していることに、それが両親の死と関係あることに。
シオン……おまえはどこまで知っている?
怖くて訊くことができない。踏み込んでしまえば兄妹の絆が壊れてしまう。家族そのものが失われてしまうのだ。
気を遣えば、それが裏目にでる。シオンが成長するに従い、兄妹の関係はぎくしゃくしていった。
そして、お互いに踏み込むこともできずに、別れの日は来てしまった。
結局兄として、何もしてやることはできなかった。
自宅へとたどりつき、玄関の戸を開ける。がらんとした空気の冷たさと暗さにまだ慣れない。
「シオン……」
いるはずのない妹の名を呼んだ。
背中の心地よいぬくもりの記憶が切なかった。

佐藤さんのサイト落書き置き場の日記に描かれていたウヅキ兄妹のイラストを拝見して浮かんだお話です。佐藤さんに出来上がった小説を先に読んでいただいたらイラストをくださいました。(でも、ジン兄さん美人ですね(笑))