001:ほおづえついて[ネス*トリ }
糠に釘。
豆腐に鎹。
暖簾に腕押し。
他に何かあっただろうか。今のトリスを、そして僕の苛立ちを言い表す言葉が。
「トリス、君は何度同じことを言ったらわかるんだ」
トリスはほおづえをついて、ついでにほっぺたを膨らませ口をとんがらせている。
「私はふて腐れています」ということを全身で表現しているのだろうか。
子供じみた態度。これで、じきに十六歳になろうというのだから呆れる。
「課題は思いっきり手抜き。講義はすっぽかし派閥から脱走する。君のやっていることは、ラウル師範に迷惑をかけるだけだということが何故わからない?」
「だったら、ここから追い出せばいいじゃない。あたし、召喚師なんかになりたくないもん」
「ここから出てどうやって生きていくんだ?」
「あたし、もう十六になるんだよ。他の子たちはこの年になれば働いて一人で生活しているじゃない。仕事なんてなんでもできるし、食べていくことくらいできるわ」
「中途半端に召喚師としての能力を持ったままコントロールすることをまだ覚えていない君を外に出してどうする? また、暴発させるのか? そして、また近くにいた人たちを巻き込み……」
トリスはその先に続く説教の言葉を遮って言った。
「ネスにはあたしの気持ちなんてわからない。最初から優等生で、小さいときから派閥にいて、ひもじい思いも寒い思いもしたことないネスなんかには。召喚師になることなんて苦痛じゃないでしょう? そんなネスに言われたくない」
怒りを感じさせる声。
「トリス……。僕は」
トリスは立ち上がり机を両手でバンと叩いた。椅子カタンと鳴った。
「ネスのばかぁ」
トリスが走り去ったドアを呆然とネスティは見つめていた。
「苦痛じゃない……か。僕は他に選択することなど許されていないことをよく知っていて、諦めているからにすぎない。君以上に僕は自由など無いんだけどな」
そして、机を見れば窓から吹き込む風がトリスが置き去りにしたノートの真っ白なページをぱらぱらとめくっていた。