264:自転車 [マグ*ネス]
「そういえば、リィンバウムにはなぜ、自転車が無いんだろうな」
と、カフェからメインストリートを行き交う人をぼんやりと眺めながらレナードは煙を吐いた。
「じてんしゃ?」
マグナは顔を上げる。
「ああ、自転車だ」
「何、それ」
「こんなふうに、二つの車輪がついていて足でこぐ、乗り物だな」
と、レナードは手元にあった紙にペンで器用に絵を描いた。
マグナがレナードが描いた自転車の車輪を指でなぞる。
「ふうんこれ機械なの?」
「機械……? 違うかな、動かすのは人間だ。乗って足でこいで車輪を回転させて移動するんだよ。それでも、人が走るよりずっと速く、楽に移動できるんだぜ」
「でも 車輪がこんなふうに二つ縦に並んで、これじゃ立てないよ。倒れちゃう」
「身体で左右のバランスをとりながら乗るんだ。乗れるようになるには練習しないとだめだけどよ、普通二~三日で乗れるようになるぜ」
と少し遅れてのぞき込んだネスティが眼鏡を人差し指で持ち上げた。
車輪がついていて、何かの移動装置のようだ。ロレイラルにも似たものがあった。しかし、動力部分が見つからない。
「動力部分がないですね。どういった原理で動かすのですか?」
「これは、足でこいで車輪を回すんだ」
「なるほど。ロレイラルにも似たものがあったようです。でも、自走式……つまり、自ら動くことができました。ロレイラルの機械は皆そうでしたから」
「そりゃ、俺たちの世界にもあったさ。モーターサイクルってやつだ。でも、自転車は自転車として価値があったさ。動力源は人間だから空気を汚さない、足腰の鍛錬にもなる」
「確かに画期的かもしれない。すべて機械に任せてしまうロレイラルの世界で、人力式の乗り物が生まれなかったことはわかるとして、なぜリィンバウムでこの乗り物が発明されなかったのか、不思議ですね」
ネスティは感心したようにうなずいている。
「それ、乗ってみたいな。自転車って便利で役に立って、それだけではなくて楽しめるものだということでしょう?」
「まあ、そういうことだ。楽しむだけに自転車に乗ること、つまり自転車によるハイキングみたいなものがあってな、サイクリングって言うんだ。気候の良いときにこれに乗って風を切って走るというのは、爽快だぜ」
「そうか……。融機人もそういった発想で機械と向き合っていたら、あるいは」
そう、ロレイラルは滅びるここともなかったかもしれない。
あの世界、自然と調和することではなく、ただ支配しようとした。その結果があの光の射さない荒廃した大地だ。最後の頃には防毒マスクを着けなければ外気に触れられないほど空気も汚れた。
「ねえ、今の戦いが終わって平和になったら自転車をつくって、そのサイクリングといかいうのをしてみようよ。みんなでさ」
「おいおい、作るのは大変だぞ」
「大丈夫だよ、ネスの記憶にあるその自走式の乗り物から応用すればいいんじゃないかな。そうだろう? ネス」
マグナの濃い藍色の瞳がまっすぐネスティを見つめていた。
そうだ、今度こそ正しく向き合うことができるのならば、それも一つの贖罪になるのだろう。
ネスティは笑って頷いた。