116:DNA[マグ*ネス]
気怠い身体をゆっくりとおこしベッドから足をおろす。
マグナの生まれ故郷へと向かう旅の途中で立ち寄った安宿。
それでも、白いシーツはバリッと糊がきいていて清潔だった。
あれほど、ぴしっとベッドメイキングされていたのに、今やブランケットもシーツもぐしゃぐしゃの皺だらけだ。
つい先ほどまでの情事の激しさを物語るようで、その気恥ずかしさにネスティは目を逸らした。
ギシリとスプリングが鳴り立ち上がろうとしたその時、後ろから手首を掴まれた。
見下ろせばブランケットにくるまったマグナがじっと見上げている。
「どうした? マグナ」
「何処へ行くんだ? ネス」
「何処って、自分のベッドに戻るだけだが」
「ここで一緒に寝ようよ」
「ダメだ。この狭いベッドで大の男二人が寝ていられるか。だいたい、君の寝相の酷さだ。明日の朝には床に蹴り落とされているのがオチだ」
マグナは拗ねたように口を尖らせた。
まったく、二十歳にもなる男のする顔か。
少し思案するような表情をしてから、マグナはにっこりと笑って頷いた。
「うん、じゃあ眠くなるまでもう少し一緒にこのベッドで抱き合って話をしていようよ」
ネスティは嘆息して宙を仰いだ。
どう考えても押し切られるだけの展開だ。諦めるしかない。
ネスティはくしゃくしゃになったブランケットを広げマグナの傍らにもぞもぞと滑り込んだ。
「なあ、ネスはライルの一族としてクレスメントの記憶を持っているんだろう?」
マグナはもぞもぞと仰向けになったネスティの裸の胸に額や頬を押しつけてくる。そんなマグナの頭をネスティは子どもにするように撫でた。
「ああ、だから君を見たとき一目でわかったさ。君がクレスメントの末裔だってことにな。僕は随分抵抗したんだがな。記憶が人間で唯一対等な友人であった、心の拠り所であったと……。僕に継承された記憶がそう訴えるんだ……」
そこまで言いかけたとき、ネスティの胸からマグナが頭を上げた。
藍色の瞳がネスティをじっと見つめてくる。
思いがけず真剣な眼差しで。
「俺さ、クレスメントの一族の末裔とかいっているけどさ、実際関係ないよなと思って。記憶もないし、だから何? って感覚だった。俺は……そんなこと関係なく昔っからネスが好きで……でも、ネスは違うんだ」
そこまでいいかけて唇を噛み、マグナはネスティから視線を外した。
ああ、なんだそんなことかとネスティは思う。
マグナの不安がなんとなくわかった。
ネスティはマグナの頭をもう一度胸に抱きしめた。
「君はバカか。そんなことが気になっていたのか?」
「ずっと、不安だったんだ。でも怖くて確かめられなくて……。ネスが俺のことを好きなんじゃなくて、ライルの一族の記憶がただクレスメントを求めていただけじゃないかってさ」
「ああ、白状してしまうと僕も最初はそれを疑っていたさ。だがな……人もそうだろうけど、記憶で人を愛せるほど融機人だって単純じゃないさ」
「え?」
いきがりがばっと身体を起こして、マグナは目を丸くしてネスティを見下ろしていた。
「マグナ?」
「今何て言った? 『愛』って言ったよね」
かっと頬が熱くなる。
「うるさい!」
ネスティはくるりとマグナに背を向けた。マグナはおかまいなしに、ネスティの背を揺すって言った。
「ねえ、確かに言った。もう一度言ってみてよ、ネス」
耳元で響くマグナの声がくすぐったい。
自分が休むはずのベッドが薄暗い中、視界に入った。
ぴしっとベッドメイキングされたベッドだ。
たぶん、一筋の皺もつくらずあのベッドは明日の朝を迎えるんだろう。
ネスティは少し笑んで瞼を閉じた。