107:闇[マグ*ネス]
一切の光の無い世界。
そこにネスティはひとりでいた。
目を凝らせば、遠くに街が見える。人間の世界だ。
そこに行けば、こんな暗闇にひとりぼっちでいないで済むかもしれない。
遠くのぼんやりとした光を見ながら、ネスティはずっとその場で立ち止まったままだ。
なぜならば、あそこは人間の世界。所詮自分のような融機人の世界ではないのだ。一族で生き残ったのは、自分ひとり。最後の融機人にもう子孫を残す術は無い。
「来るな」と人間皆が言っているわけではない。それどころか、優しく手招きをする。「心配しなくていいから、こっちへおいで」と。
でも、立ち竦んだまま動くことはできなかった。自分はここにいるほうが似合っている。
一歩足を前に出してしまえば、あの光へと進んでいけるかもしれないのにそれができなかった。もう一生できないような気がした。人間は優しくて、余所余所しいのだから。
どかんっ!!
いきなり背中を蹴られ前につんのめる。顔を上げれば目の前に光が迫ってきていた。
「うわっ!!」
いきなり背中を蹴られネスティは目を覚ました。
ベッドの上で上半身を起こせば、マグナがとんでもない寝相で寝ている。
というか、どういった体勢で人の背中を蹴ったんだ。この寝相の悪さはいったい何なんだ? 子どもじゃあるまいし。
時計を見れば、まだ四時。夜明け前だ。
人を起こしておいて自分は寝ているのか。
なんとなくむっとしたネスティはマグナを起こすことにする。
「起きろ! マグナ」
「う……ん?」
うっすらと瞼を開いたマグナはぼんやりとした視線をネスティに向けた。
「ネス? どうしたの? 怖い夢でも見たの?」
「違う。君はどういった寝相をしているんだ。僕の背中を思いっきり蹴ったんだよ」
「大丈夫だよ。俺がいるから……」
マグナは全然ネスティの話を聞いちゃいない。
ネスティは嘆息する。と、マグナはいきなりネスティの腕を掴みぐいっとひっぱった。
「何をする!?」
マグナの胸に倒れ込んでネスティは慌てた。
「だから、大丈夫だから。俺がこうしていてやるからちゃんと寝ろよ」
ネスティの頭を撫でながらマグナは言った。たぶん半分寝ぼけている。
マグナの胸に頭をのせた格好でネスティは嘆息する。
それは、こっちの台詞だ。
まだマグナが派閥に来たばかりの頃、馴れない生活に不安定な精神状態の日々が続いた。一人の夜を怖がり、いつもネスティが傍についていることになる。
――怖い夢をみるんだもん。
――僕が傍にいるから、早く寝ろよ。
――本当に? 本当にネス朝までいてくれる?
――ああ……。
不機嫌そうに嫌そうに言ったのだけど、マグナは心底嬉しそうににっこりと笑った。
あの時、まだ子どもだったマグナはどんな夢を見ていたのだろうか。
ネスティはマグナの胸から静かな心音が聞こえてくる。
呼吸に合わせて規則正しく上下する胸。
君がいるだけでここ〈人間の世界〉はこんなにも暖かい。
ネスティは少し笑んでから目を閉じた。