104:灰[マグ*ネス]
「ネスティ……」
背後からの声に振り返った。
「ラウル師範。どうしたのですか?」
「マグナを見かけなかったかね」
「いえ、今日は一緒に受講するものは何もなかったので」
養父でもある師範は嘆息した。
「困ったな。今日の夜七時までが課題のぎりぎりの提出期限だ。それを過ぎると……」
「進級も危うい?」
ラウル師範は頷いた。
放っておけばいいような気もしたが、そんなことでは益々ラウル師範の立場が悪くなる。
まったく、なぜマグナはそういったことを深く考えることができないのだろうか。
もっと真面目に勉強すれば、優秀な召喚士になる素質は持っているのに、まじめに勉強しようとはしない。
導きの庭園。
こんな天気の良い日のマグナは、この市民の憩いの場である庭園のベンチで昼寝をしていることがほとんどだ。
案の定マグナはいた。
「マグナ」
声をかけるが、起きる様子はない。
まったくしょうがないなと、頬をぺちぺち叩く。
「起きろ、マグナ」
うっすら開いた瞼からぼんやりとした藍色の瞳が覗いた。
「ネス?」
「そうだ。課題の提出期限は今夜七時までなんだぞ。わかっているのか?」
マグナはだるそうに体を起こし焦点の合っていない目でネスティを見た。
「う、うん」
「なぜ、君はちゃんとやろうとしないんだ? 少しはラウル師範の気持ちも考えたらどうだ?」
「……」
マグナは俯き黙ったままだ。
「何か言ってみろよ」
「俺……召喚士になんてなりたくない」
「何故なりたくないんだ? 君は才能はあるんだからその気になれば有能な召喚士になれるのに」
「なんとなく、なんとなく嫌な感じがする。召喚の力を使おうとすると。うまく表現できないけど」
「だから、剣の稽古ばかりしているのか? 君は」
「剣の練習をしていると、召喚魔法のことを忘れられるんだ」
ネスティはぼんやりと行き交う人々を眺めているマグナの横顔を見つめた。
マグナは周りが思っているほど愚鈍ではない。
薄々感づいているのかもしれない。
封印されていたはずの強力な魔力。こんなもの発現さえしなければ幸せだっただろうに。
今のマグナを見ているとこのまま召喚士にさせずに穏やかに暮らして欲しいとも思った。
背負うのは自分一人で十分だ。
だが、ダメだ。
マグナの手のひらで石は光ってしまったのだ。
「でも、ならなくてはいけないってことはわかっているよ。ネスに言われなくても。俺ちゃんと召喚士になるよ」
そう自分に言い聞かせるように言って立ち上がるとマグナは空を仰いだ。
「では手伝ってやるから、はやくレポートを仕上げよう」
「うん」
ネスティは少し笑んで空を見る。
さっきまで青空が広がっていた空一面に灰色の雲が広がっていた。
「急ごう一雨ありそうだ」
そう促せばマグナは「ありがとう」と微笑んだ。