097:森[マグ*ネス]
かつて『禁忌の森』として存在を封印されていたその森は、今、『聖地の森』と呼ばれている。
メルギトスがばらまいた原罪を浄化し続ける、聖なる大樹を抱く森。
――僕は、死なないさ。マグナ、君が愛するこの世界をヤツから守るまではそれまでは……絶対に……。
あの時、ネスティは確かにそう言ったのだ。
だが、彼は帰らず一年が過ぎた。
諦めない。
諦めたくない。
だが、諦めてしまえば楽になる。
そんな思いに眠れぬ夜が続いた。
マグナは『聖なる大樹』と人々が呼ぶその樹を見上げた。
――メルギトスを止められるのは融機人である僕だけだ。
でも、たとえ、世界が救われたとしてもネスティのいない世界など、マグナにとってどのような価値があるというのか。
一人メルギトスに戦いを挑もうとする兄弟子を何故止められなかったのか。
あの時、口の中がからからで、頭の中が真っ白だった。
ネスティがいなくなるなど想像もできなかった。
力一杯抱きしめてさえいれば、腕の力を緩めさえしなければ、失わずに済むものだと思っていた。
だって、目の前にいる。手を伸ばせば、すぐ届く。直ぐに彼の手に触れ掴むことが出来る。
抱きしめて、決して離さない。そうすれば、彼は何処へも行けない。
そうだ、本当は怖かったんだ。
声が震えていた。
ネスティの震えをこの指先が覚えている。
切なかった。
本当は放す気などなかった。
それなのに、ネスティの手を握る指に力が入らない。
ネスティの細い指が握りしめたはずの手の中から、するりとすり抜けていくのをマグナはぼんやりと意識していた。
そうして、あっけなく大切なものは失われてしまったのだ。
この大樹が、ネスティであるということを知る人間は少ない。
アメルと一緒にこの樹を守っている。
マグナもアメルも辛くないといえば嘘になる。
マグナは聖なる大樹に頬を押しつけ目を閉じた。
でも、どんなに焦がれても伸ばした指はもう届かない。ネスティの頬に髪に、マグナの指は触れることはできないのだ。
「俺は無力だ」
マグナは唇を噛んで項垂れた。
――もう諦めるのかい。君は本当に辛抱が足りないぞ。
「え? ネス?」
ネスティの声が聞こえたような気がして、マグナはあたりをきょろきょろと見回す。
だが、どれだけ目を凝らそうが耳を澄まそうが、人影など無く森を抜ける風の音がするばかりだった。
「ごめん、ネス。俺、相変わらず堪え性無くてさ。今日は帰る。明日また来るからさ」
マグナは大樹をもう一度見上げた。
風に揺れる梢が頷いた。