209:コラッ![マグ*ネス]
「コラッ! 待て、マグナ。何処へ行くつもりだ?」
「何処だっていいじゃん」
そのまま兄弟子を振りきった。いや、そもそも兄弟子が追いかけてくる素振りも見せなかった。
昼間、派閥の授業をさぼって昼寝をしているなんてよくあることだったし、夕食後こうして派閥の寮を闇に紛れて抜け出すこともたまにした。
所々に設置してある街灯の明かりに照らされたベンチにマグナは腰をかけた。
背もたれによりかかり、夜空を仰ぐ。満月の光が眩しい。
――この、成り上がり者。
気にくわない。みんな大嫌いだ。自分に向けられるさげすんだような目も、哀れむような視線も。気位の高い同級生も、耐え難かった。プライドの高い召喚師たちみんな大嫌いだったし、自分がなぜそんな召喚師たちの仲間入りをしなくてはならないのか。
マグナは唇を噛んだ。
嫌で嫌で仕方ない派閥での生活。
それでも、ここにいれば、ひもじい思いをすることもなかったし、ちゃんとしたベッドもよういされていた。
派閥に連れてこられる前は、夕食にありつけないことも多かった。水で空腹を紛らわしていた。いつも汚くて臭かった。公園や空き地に夜遅くまで子どもが一人凍えていたところで、誰も気に留めない。
あの生活には戻れない。
大嫌いな派閥。でも、そんな派閥から本当に逃げることもせずに、唯々諾々と惰性で過ごすだけの毎日。そんな自分が一番嫌いだ。
「何故君は、いつも逃げ出しては、ラウル師範を困らせるんだ?」
いつもと同じ声に同じ台詞が、いつもと同じくらいのタイミングでいつものように背中から聞こえてきた。
「ネス……どうしてここが分かった?」
マグナも、決まった言葉を返す。
狭い街だ。マグナの行くだろう場所はさほど多くはないその気になればすぐに見つけることができる。
「派閥を抜け出して、君はいったい何処へ行きたいんだ?」
ネスティはマグナの隣に腰をかけた。
「どこでもいいさ」
「では、何故行かない? 今、ゼラムから出れば、派閥から逃げられるかもしれないぞ。ラウル師範にも黙っていてやる。僕ももう探さないでいてやろう」
一人で、この街を出る? また独りぼっちになる。
急に不安になったマグナは、ネスティの方へ振り向いた。
眼鏡の置くの瞳が意地悪く笑っていた。
マグナには他に行きたい所など何処にもない。
派閥がどんなに気にくわなくても、ここ以外の選択肢などない。
こうして探しに来てくれる厳しい兄弟子と、問題児のマグナを見捨てることもせずにただ心配してくれるラウル師範がいるこのこここそ、唯一の居場所だった。
間違いなく自分を迎え入れてくれるところ。
黙り込んだマグナの肩にネスティは手をそっと乗せ、顔を覗き込んできた。
さっきまで意地悪そうに見えた眼鏡の置くの瞳は、優しく笑っていた。