191:ヒナタ[マグ*ネス]
図書館でレポートのための調べものをする。
早春。窓際の温かい陽光が差し込む場所を陣取って、でも手元に直射日光があたらないよう気を付けながら。
窓を少し開ければ心地よい微風が入り込んでくる。
ふと窓の外の中庭を見る。遊んでいる下級生の笑い声、議論を交わす上級生。召喚士の卵たちは短い自由時間を思いのままに皆過ごしている。
そんな子どもたちのうちの一人が顔を上げた。目の悪いネスティは眼鏡をかけていても、個人の判別は難しい。その子どもが図書館の方へと走り出す。近づいてくるうちにそれが誰であるかネスティでも見分けがつくようになってくる。
……あれは、マグナ?
「ネス、ネス」
彼の弟弟子は、図書館の窓辺に立ち、顔を上げ満面の笑みを浮かべた。いったい何をして遊んでいたのか、顔には泥がついている。手も靴も泥だらけだ。
「こんなところで遊んでいていいのか? 君たちの学年は宿題があっただろう」
「なんで知っているの?」
「ラウル師範から君の面倒を見てくれと頼まれて居るんだ。兄弟子としてそのくらい把握して当然だ」
「なんだ……」
へへ……と笑うマグナに悪びれるところはない。
「遊んでもいいが宿題はちゃんとやれよ」
「うん、夕方になったらやるよ。今はこんなに陽が明るくて温かくて部屋にいるのがもったいないし」
気持ちはわからないでもない。
ネスティだってレポートの作成をするために図書館にいるようで、その実、差し込む陽光を愉しんでいる。あまりレポートははかどってはいない。
だから、いつもなら目をつり上げて怠惰な弟弟子に説教をはじめるところなのに、こんな日は頬が緩んでいたりすらする。
マグナの笑顔。それは何も知らない故の屈託のなさなのだろう。自分が罪深いクレスメント一族の末裔であることなど何も知らない。
一族の記憶を探ってみる。ロレイラル……それは、暗く荒廃した世界だった。
ライルの一族は荒れ果てたロレイラルを眺めリィンバウムへと逃れようと決心した。しかし、亡命したリィンバウムで待っていたものは、差別と迫害のさらに過酷な運命だった。
光溢れるリィンバウム……なのに暖かな陽光の、幸せを感じさせてくれるイメージは何も引き出すことはできなかった。この光は何の意味もないものだったのだ。
「ネス……どうしたの?」
見下ろせばマグナが、じっと見上げていた。
「あ、いやなんでもない」
「ねえ、ネス。手を開いて出して」
「なぜだ?」
「いいから」
言われてネスは窓から、手を差し出した。
「はい、これあげる」
ネスの手のひらにマグナがのせたもの。小さくて濃い灰色でくるんとまるくなっている。それが、一、二、三……と五匹。
「う、うわっ!」
びくりして、ネスティは手に乗せられたものをはらった。
「さっき、たくさんいたんだ。だんご虫」
ネスティの狼狽えかたが面白かったらしく、楽しそうにマグナは笑った。
気を取り直して、ネスティは「こら……」と叱ろうとするが、マグナはそのまま逃走の体勢をとりつつ笑っている。
さわやかな風が二人の間を通り抜けていく。
優しい風に持ち上げられたマグナの髪の毛から、ふわりとひなたの匂いがした。