178:歯[マグ*ネス]
よろよろと歩いているなぁと思った。そのままベッドの上に大の字になってばたりと寝っころがった。と思ったら、もう目を閉じている。よほど疲れていたのだろう。
などと感心している場合ではない。確かまだ歯を磨いていないはず。
「マグナ、寝てしまう前にちゃんと歯を磨け」
「ん……」
目を開けようとはぜずに、うるさそうにネスティの手を払いのけた。仕方なく肩を掴んで少し乱暴に揺すった。
「虫歯になるぞ」
「眠いんだよ。明日の朝には磨くから、今は寝かせて」
「君はバカか? 明日の朝じゃ意味無いだろう。寝ている間に虫歯菌が口一杯に繁殖するんだ。寝る前に磨かないと駄目だ。虫歯になるぞ」
さらにしつこく揺すれば、しびしぶ薄目を開いた。
そのまま、腕をひっぱり身体を起こす。
上半身を起こして、マグナは焦点の定まらないとろんとした目でぼんやり宙を眺めていた。
「ほら、磨けよ」
歯ブラシを無理やり掴ませ、手を添えそのまま口の中に突っ込んでやった。
「……う……、もごもご……」
なにやら意味不明の音声を発しながら、マグナはそれでも歯を磨いている。どう考えてもきちんと磨けていそうもない。それでも磨かないよりはマシだろう。
頃合いを見計らってマグナを立たせそのまま洗面所に連行する。
「ほら、口すすげよ」
ぐじゅぐじゅ……ぺっ……。
口をすすぎ終えたマグナは、ネスティに正面に立ち不満そうな表情で文句を言う。
「水が冷たくて目が覚めちゃったよ。酷いなネスは」
「放置して、虫歯になって痛い思いをするのは君なんだぞ。そのほうがもっと酷いとは思わないのか? 感謝してくれてもいいと思うんだがな」
「今まで虫歯になったことないんだから、一度くらい歯を磨かなくても大丈夫だよ」
「どうゆう理屈だそれは。磨かないことの積み重ねが虫歯をつくるってなぜわからない? 人間の身体だって機械と同じように、日頃のメンテナンスが大切なんだ」
「メンテナンス? いくら機属性だからといってそんな言い方」
「それに、口を磨かないと口臭が酷くなるぞ」
「口臭って口が臭くなるってこと」
「そうだ。近くに寄られたら顔を背けたくなるような臭い息を吐くようになりたいのか。君は」
「口が……臭い?」
なにやら難しい顔をして、考え込むマグナの顔をネスティは覗き込んだ。
「どうした?」
顔を上げ、真剣な眼差しをマグナはネスティに向けた。
「口が臭いと……ネスは、キスしてくれない?」
「あたりまえだ」
「わかったよ、ちゃんと磨くよ」
慌ててマグナは洗面所へと再び向かった。
「どうしたんだ? マグナ。歯はもう磨いただろう」
「寝ぼけていたからちゃんと磨けなかったんだ」
洗面所からはいつまでも歯を磨く音が聞こえてきた。