169:さよなら[マグ+アメ]
メルギトスとの戦いは一応終結を向かえた。
かけがえのない人の犠牲で世界は救われたのだ。
そして、聖なる大樹となったネスティは世界を浄化し見守り続けている。
マグナとアメルは聖なる大樹の守人となる。いつか、この大樹になってしまったネスティが戻ってくるのを待とうと。
他の仲間達は皆自分が居るべき場所へ、待つ人がいる地へと帰っていった。
大切な仲間が失われた現実は重かったけれど、皆それぞれ守るべき大切な人ややるべき目標があった。だから、時間がまたゆっくりとまわり始めたのだ。
「さよなら」
別れの挨拶と「また会おう」と再会の約束を交わした。
一人二人と。
今一緒に暮らすマグナとアメルと護衛獣のバルレル……この三人の時間は止まったままだ。
一人だったら、もうとっくに絶望していたとマグナは思う。帰らぬネスティを待ち続ける時間は気が遠くなりそうで、何度眠れぬ夜を過ごしたことか。
「私はあきらめていません。だって戻ってきたら話そうと思っていることがたくさんあるんですもの」
とアメルはマグナにきっぱりと言った。芯の強いアメルにどれだけ励まされたか。
「おい、らしくねえぜ」
とバルレルには叱咤される。
こいつの傍若無人ぶりは落ち込む暇をさっさとぶった切ってくれる。感謝してもいいと思う。
「マグナ、バルレル、お茶にしましょうよ。ギブソンさんからいただいたケーキが残っているの」
アメルに呼ばれて食堂へと向かった。
「おい、茶はねえだろう。酒にしろよ」
バルレルが悪態をつきながら椅子に座る。
「こんな昼間っからお酒はいけませんよ。お酒よりお茶のほうがケーキの味が引き立つわ」
アメルは反論を許さず、バルレルの前に紅茶の入ったカップを置いた。
マグナは笑いを噛み殺しながら、バルレルの肩をぱしっと叩き「諦めろ」と言った。
バルレルはなぜかアメルの言うことに渋々だろうが従っていた。
食堂の小さなテーブルに椅子は四つ。
一つの椅子だけはいつも空いている。お客さんがきたときはいつも居間に通していたから、この椅子は誰も座ったことはないのだ。
マグナはぼんやりとその空席を見つめる。カップを口許に近づけ、ここに座るべき人の姿をふと見つけ手が止まった。
――マグナ……いつか人は別れる時が必ずくる。再会の約束をしても果たせないこともある。人として生きていれば仕方ないんだ。別れても新しい出会いがあるのだから、それに絶望してはいけない。でも、僕たちが別れるのはまだ早い。それは今ではないだろう?
「ネス……」
「マグナ……?」
「あ、ごめん」
マグナは照れ隠し頭を掻いた。
「私たち……誰も、ネスティに『さよなら』なんて言っていないわよね。……だから……」
「うん、わかっているよアメル」
マグナはそう言い、もう一度空席となった椅子を見た。
ネスティが微笑んで頷くのが見えた。