135:小さなもの[マグ*ネス]
「ねえ、ネスったら、ネスぅ」
背中から聞こえる鼻にかかった甘ったれた声。
もう、小さな子どもじゃないんだからと、ネスティは嘆息しながら振り返った。
藍色の瞳をキラキラさせて、マグナは思いっきり可愛らしくにっこりと笑った。
思わず、眉間にしわを寄せてしまったではないか。まったく、いくつだ、こいつは。
と、ネスティはふと気づく。
マグナはネスティに対する口調と、他の仲間に対する口調がまったく違う。
そうだ、マグナは仲間に対してあんな甘ったれた調子でモノを言ったりはしない。
今のマグナは強く、召喚士としても徐々にその実力を認められつつある。また人を惹きつけるオーラを発していることは間違いなく、多くの仲間達が彼の周りに集まってきている。
仲間を前にして、しっかりとしたまっすぐな視線で周囲を見据え自分の考えもきちんと伝えることができている。少々緻密さに欠けるきらいはあるが、そんなものネスティがフォローすれば十分だった。
とすれば、自分の前だけで見せる、幼さ全開のこの異様なオーラは何なのだろうか。
「マグナ、君は自覚があるのか?」
「自覚って?」
「君の口調だが、なぜ僕に対してだけ、そんな甘ったれた口調になる?」
マグナはきょとんと目を見開いて目の前にいる兄弟子を見た。
「意識したことなかったけど、ネスの前だと自然とああなっちゃうんだ」
「なぜだ?」
マグナは少し考え込むように俯いた。
「ネスはイヤ?」
真剣な眼差し。どこか切羽詰まったようなものを感じてネスティは首を横に振ることしかできなかった。
それから、数日経って、そんな話を雑談の流れで師であり養父でもあるラウルにした。
蔵書整理を手伝っていたときのことだった。
ラウルは本を揃えて顔を上げネスティを見て微笑んだ。
「覚えておらぬのか?」
「覚えてって?」
「マグナが来たばかりのころ覚えておるか? マグナはずっとお前にまとわりついていた。お前は迷惑そうな顔をして、それでも突き放すことができずに、『君は小さい子どもだから仕方ない』と自分とマグナ両方に言い訳をしながら、相手をしていた。たぶん、そのせいじゃろうて」
ネスティは、呆然とする。
忘れていたわけではない。だが、そんなこちらが何気なく発していた口癖がそんな影響を落としていたことに愕然とする。
マグナは、ただネスティが自分の傍から離れないよう幼い自分を無意識に演じなくてはいけなかっただけなのだ。
そう思うと不憫だった。
――そんなに幼さを演出しなくても、僕は君の傍にいる。なぜなら、僕が君の傍を離れることができないのだから。
それを、いつ伝えようかとネスティは思案する。そして、それをマグナが理解してしまったら、あの甘ったれた声は聞けなくなるかもしれない。そのことをなんとなく寂しいと感じている自分にネスティは苦笑した。