306:相思相愛[マグ*ネス]
ひたひたと忍び寄る闇を微かに感じるものも少しはいるかもしれない。だが、明るい太陽光は何一つ変わらず街を包んでいる。何が起きているのかを知っているものはここゼラムでも少ない。
ネスティはため息をついた。
ふと聞こえてくる会話。
「大きくなったら、私たちケッコンしましょうね」
「うん、ケッコンしよう」
小さな男の子と女の子。
仲良く手をつなぎ、とことこ歩いている。
「あなたは、おとうさまと同じように立派な召喚師になってね」
ふわふわとした金色の髪をなびかせ、愛らしい服に身を包む少女はそれなりの家柄の子どもなのだろうか。その年頃の子どもらしく、女の子のほうが主導権をとっているようだ。
男の子は、由緒ある召喚師の家柄なのだろうか。
そんな二人をマグナは立ち止まり見つめていた。
「マグナ? 何、見ているんだ。子ども?」
「ああ、うん、平和だなーと思って」
「何を言っているんだ。一般市民達は何もしらないからのんびりしているだけなんだぞ。知らぬが仏ってヤツさ。もっとも、知ったところで、混乱を招くだけだからこれでいいのだがな。それより、さっさと頼まれたものを買ってしまおう」
そう促すネスティに、マグナは唐突にとんんでもないことを言った。
「なあ、ネス。メルギドスとの戦い終わったらさ、俺たちケッコンしような」
マグナの深い色の瞳をネスティは呆然と見返し、そして絶句する。
何かとても耳を疑いたくなるようなことを口にしたような気がする。しばらくの沈黙のあと確認する。
「僕の聞き間違えだと思うのだが。もう一度言ってくれ」
おそるおそる聞き返す。
「だから、ケッコンしよう」
にっこり笑って無邪気にマグナは繰り返した。
「……」
「な、いいだろう?」
「気は確かか?」
「俺たちもう、他人の関係じゃないし、俺も男だ。ここは責任を取ってケッコンする」
「君はバカか!!」
ネスティは赤面し、気恥ずかしさからか怒鳴り声になる。
「ちょっと、待てよ。俺は真面目に責任をとってケッコンするって言っているんだぞ? いくらネスでもそれをバカってひどいじゃないか」
「何度も言うがな、バカにバカと言って何が悪い。だいたい、君に責任持ってもらう必要が一体どこにあるんだ!?」
「じゃあ、聞くけど、ネスはどうしたいんだよ。これからの俺達のこと」
ネスティは一瞬詰まった。
どうしたい?
どうしたい……そんなこと意識に上らせることなどなかった。
いや、触れないように、考えないようにしていたのはただ怖かったからか。
「僕は君と違って、そんな余計なことを考える余裕なんて無いんだよ。今はメルギドスと決着をつけることが先決だ」
「だから、決戦前に婚約だけでもしておきたいんだよ」
「大体、君は結婚というものがどういうものか分かって言っているのか?」
「大好きな、好き合っている相手と、一生仲良く離れないでいること……じゃないの?」
「そうかもしれない。だけど、ふつう男同士でそんなこと考えない」
「何故? 俺たち好き合っているのに」
真剣な表情。吸い込まれそうな藍色の瞳。
ネスティは思わず目を逸らして足早に歩き出す。
「なあネス。俺、本気だよ。本気だから」
何度も本気だからと繰り返すマグナの声を背中で聞きながら、ネスティは黙ったまま先を急いだ。
「結婚しよう」に続いたります。