068:ひこうき雲[幸*花]
物忌みの日。
龍神の神子である花梨は特に汚れに弱く、今日は一日外出できない。
そんな日は八葉の誰かが側にいることになっている。
昨晩は、幸鷹のもとへ文が届いた。
それは、今日一日、花梨の話し相手をするということ。
いや、むしろ話し相手をしてもらっているのは、自分の方だと幸鷹は感じていた。
「そうですか、神子殿の世界には、人を乗せ、鳥のように空高く飛ぶ「ひこうき」なるものがあるのですね。すばらしいですね」
「そんな大げさなものじゃないよ。でも、確かに便利だよね」
異世界から龍神の神子として召喚されてきたこの少女は、幸鷹の住まう京に生きる女性とは根本的に違う。
軽やかで、てきぱきした身のこなしも、はっきりとした物言いも、くるくるとよく動く瞳も。
そして、何よりもその生き生きとした笑顔が。
ずっと一緒にいたいと思う。
八葉としてではなく一人の男として。
そう、この少女の特別の存在になりたいのだ。
だが、それは無理というもの。少女はこの世界の人間ではない。
自分はあくまでも八葉の一人として龍神の神子に仕えなくてはいけない。
だからこそ、見逃したくないと思う。
この少女の一挙一動を目に焼き付けて、この強い思いは胸にしまっておこう。
「幸鷹さん?」
呼ばれて振り向けば、じっと見上げている少女と目が合った。
幸鷹は微笑んだ。
「あの……私の相手疲れませんか?」
「いえ、とんでもないですよ。神子殿の世界のお話を伺うことはとても楽しいです。興味深いのです」
「ああ、よかった」
花梨はにっこりとした笑顔を幸鷹に向け、すっくと立ち上がる。
そして、幸鷹の手首掴んだ。
「神子殿?」
焦る幸鷹に花梨はくすりと笑って庭へと引っ張っていった。
庭で花梨は空を指さした。
青く澄みきった空。
大型の鳥が高い空をまっすく飛んでいる。
「飛行機はね、何百人も一度に人を乗せ空を飛べるの。でもね、うんと高い空を飛んでいるからあの鳥より小さく見えるのよ」
幸鷹は眼鏡を少し持ち上げ、空を見上げた。
鳥の飛ぶ軌跡が白い筋となって空に描かれるのが一瞬見えたような気がした。